ストーカー2(終) 我が尊きマスターよ……どうかわたくしに、ご命令を
「……言いたいことは山ほどあるが、まあ全部後にしとくよ」
僕は立ち上がった使徒達の中を掻き分けるようにして、倒れた女子の元へ急ぐ。
もちろん、背後にはルナと亜矢が従っていた。
「あー、亜矢さんもいるっ。ずるい!」
早速、旧知の仲の亜矢を見て、葉月が膨れた。
ちなみに、まだ血糊のついた金属バットを肩に担いだままである。
ショートパンツのジーンズと黒ストッキング、それにブラウスという軽装だが、この血糊バットのお陰で、むちゃくちゃ危ない女の子に見えた。
事実、たいがいの人が想像するより危ない子なんだが。
「葉月ちゃん、お久しぶりです」
亜矢が丁寧に低頭したが、表情は全く動かないし、特に親しみもない。
彼女の価値観では、世界の中心に僕がいて、その足元に自分がいる……他は、たとえ僕の家族と言えども、「その他大勢」に過ぎない。
実は葉月も似たようなものなので、案外、気が合うのかもしれない。
「葉月、バットを――」
……置いたら? と注意しかけ、僕は自分がマイクロウージーを手にしたままなのに、気付く。
「まあいいか」
言えた義理じゃないのし、ここは見なかったことにして、俯せに倒れた敵の脇にしゃがんだ。
「……まずいな、死にかけている」
脈を見てもかなり弱々しく、おそらく生死の境にいることがわかった。
口の端から血が流れているわ、頭蓋は見ただけで骨折しているのがわかるわ、顔からは血の気が引いているわ、出血は止まらないわ……ここまで死体に近い子も珍しい。
「君、八神君っ。さすがにこれはっ」
なぜか太鼓腹を揺すって警察署長氏が駆けつけようとしたので、僕はそちらを見もせずに、掌を向けた。
「そこで止まれ。今はお呼びじゃない」
すぐに息も絶え絶えな唸り声がしたが、僕は顔も向けない。今はこちらが先だ。
「まだ死んでもらうわけにはいかないな……情報も必要だし」
「えっ、倒しちゃまずかったの!?」
今まで褒めてほしそうにニコニコ僕を見ていたのに、ようやく葉月が慌てた。
「おにいちゃんが銃を向けたから、葉月てっきり」
「いいんだよ、葉月」
無理して笑いかけた後、一応注意だけはしておいた。
「ただ、今度から誰かの頭蓋をぶち割る前に、相談してほしいな……今回はちょっと、その余裕がなかったのは認めるけど」
「ごめんなさぁい」
両手を合わせて僕を拝む葉月に、あまり腹を立てる気にもならなかった。
……それに、僕が本気で腹を立てると危ない。
「わたしが、魔法で治癒しましょうか?」
ルナが、スカートをたくし込んで僕の隣にしゃがみ込む。
「いや、それだとまた後でめんどくさそうだ。……どう考えても、これが最善か」
ため息をつき、僕は倒れた女の子の手を取り上げ、いきなり二の腕に噛みついた。
「ちょっと、八神君!」
「おにいちゃんっ、いつの間にっ」
「守さま! そのような穢れごとなら、私がっ」
僕を囲むようにして、ルナ達三名がそれぞれ声を上げた。
しかし、もう遅い。
少量とはいえ、牙を立てて噛みついた以上、この子は使徒化するはずだ。なぜなら、今の僕はルナの使徒ではなく、独立した一人のヴァンパイアも同然だから。
あまり失敗の可能性はないと思っていたが、実際、無造作に僕が抱き起こすと、制服姿の彼女は見る見る回復していった。
それこそ目を見張るスピードで。
墓場のように静まり返る元教室の中で、嘘のように完全回復を果たした少女が、ゆっくりと目を開ける。
魔法による擬態だったのか、先程の黒髪などではなく、完全に金髪碧眼だった。
その碧眼が僕をぼおっと見やり、ついで――深甚な恐怖に歪んだ。
「ま、まさかっ」
その場で跳ね起き、慌てて僕から離れる。
「まさか、おまえは――貴方はっ」
自分で訂正した後、はっと口元を押さえた。
使徒は、自分がそうなった瞬間に、己の運命を悟る……ルナが前に教えてくれた通りだった。
「懐にハンターガンがあるんだろ? 撃てるようなら、撃ってもいいよ。君になら、黙って撃たれてやってもいい」
そう言った瞬間、亜矢と葉月とルナが僕の前に並んで、壁を作った。
三人とも、もの凄く素早かった。
「駄目ですっ」
「冗談じゃないわ!」
「もう、本当にもうっ」
「必要ないって。ほら?」
実際、僕の視線の先でブレザーの懐に手を入れた少女は……何も持たない手を出し、そのまま恭しく片膝をついた。
「我が尊きマスターよ……どうかわたくしに、ご命令を」
伏せた顔を上げた時には、既に狂おしいほどの忠誠心が碧眼に浮かんでいた。
……なるほど、ヴァンパイアは恐れられるはずだ。




