ストーカー1 金属バットを振り上げ、思いっきり女子高生の後頭部を殴りつけた
みんな呆然としていたが、僕は一応、にこやかに笑い、教室中を見渡した。
「そうは言っても僕は別に独裁者でもないので、質問があれば伺いますよ……さっきの工藤さん同様に。どなたか質問は?」
あいにく誰も質問はないらしい。
僕と目が合った人はもちろん、別に視線を向けていない人まで激しく首を振っていた。
ひょっとしたら「こいつ、ヤバい奴だっ」と思われたのかもしれない。
実際にそうなので、一言もないが。
しかし、ルナの顔見せと今の騒ぎの後は、おおむね議事進行が速やかに進んだのは、喜ばしいことだろう。
僕が最重要項目として挙げたのは、「怪しい外国人集団が隠れている場所」についてだが、これは、意見を求めると、挙手する者がたくさんいた。
曰く、「なんからのサークルに属している者も入るのか?」とか、「外国企業が寮として使っているマンションがあるが、そういうのも含まれるか?」等々。
後者は市役所の戸籍係からの質問だったが、いずれにせよ、僕は断言した。
「大勢の外国人が集まっている住処なら、例外は設けません。ただ、優先的に、金髪碧眼の男女を最も重要視してください。なぜなら、これまで見たハンター達は、みんなこの特徴に一致するからです」
ハンターについての詳細と、ルナが彼らに追われていることについては、既に各自に通達してあった。なので、みんな真剣に頷いてくれた。
……というよりも、使徒の忠誠心を除外しても、真剣になって当然だろう。
なにしろ、ルナが死ねば、自分達も死ぬ……それが、使徒たる者の定めだからだ。
これほど強固な結びつきもあるまい。
僕は満足して頷き、皆に頼んでおいた。
「では、該当する条件に合う場所を見つけたら、すぐに僕に報告してください。自ら動くのは避け、まず僕に。もちろん、今の時点で怪しいと思われる場所があれば、この会議の後で聞きましょう」
そこで僕は、亜矢を見た。
未だに名簿と参加者達の顔合わせをしていたが、ようやく結論が出たのか、ちょうど彼女も僕に告げた。
「あの、ちょっといいでしょうか」
内緒話らしいので、僕は頷いて少し腰を屈める。
すかさず亜矢が僕の耳元に囁いてくれた。僕は何度か頷いた後、最後に亜矢の肩にそっと触れた。
「ありがとう、亜矢。またしてもお手柄だよ」
「いえ、そんな」
亜矢は激しく首を振ったが、いつものように嬉しそうに笑ったりはしなかった。
問題の重要な部分は、今これから始まるからだとわかっているせいだろう。
でも、全ての使徒の住所と、その住所にいるはずの全ての使徒の顔を覚えるなどという手柄は、大金星と言える。
しかも、全て僕の役に立とうと、彼女が独自にやっていたことなのだ。
「八神君、わたしにも教えてよ」
少し拗ねた声でルナが僕に問う。
僕は微笑して応じた。
「話さなくても、今すぐわかるよ――最後列、向かって一番右端の人、立ってください」
僕が声を張り上げると、全員が一斉にそちらを見た。
座っているのは、まだ一度も発言していない、目立たない感じの女子高生である。くっきりした顔立ちで洋風ではあるが……なるほど、亜矢はよく見つけたな。
「貴女ですよ、貴女っ。ブレザーの制服着た女子高生の人っ」
周囲と同じく、すっとぼけてきょろきょろしていたが、そんな猿芝居が通じるはずない。
亜矢には出遅れたが、僕も彼女をよく見れば、否応なく違いがわかる。
「僕が会った時には、もう少し地味なお顔だったと思いますが……でも、変装にしてはなかなか優秀ですね? 少なくとも、異国人には見えませんし。これが、魔法というヤツかな?」
「本当だわっ」
ルナがたちまち柳眉を逆立てた。
「あいつからごくごく微かな魔力を感じるっ」
さすがに敵も焦ったらしい。
「いえっ、わ、私はっ」
わざとらしく立ち上がりかけたそいつは、途中で豹変し、いきなり懐に手を入れた。
「生け捕りにしたかったんだがなっ」
舌打ちした僕がサブマシンガンを素早くそっちへ向ける。僕の腕だと、途中で巻き添え食う人がいるかもだが、この際はやむを得ない。
しかし……そこでさらなる転機が起きた。
いきなり教室の後ろのドアが開き、女の子が飛び込んで来たのだ。
「誰だっ」
怪しい女子高生が振り向きかけたが、新手の子はなんと金属バットを振り上げ、思いっきり女子高生の後頭部を殴りつけた。
そのどやしつけるやり方と来たら、見たところ本当に加減というものがなく、ゴワアンッとでっかい音が鳴り響いたほどだ。
たちまち昏倒して倒れたそいつを尻目に、犯人の中学生がぱっと僕を見る。
……なぜ中学生とわかるかというと、そいつは僕の義妹の葉月だったからだ。
「おいおい……」
思わず額に手を当てた僕に手を振り、葉月が屈託のない声で叫んでくれた。
「おにいちゃん、葉月、役に立ったでしょ!?」
無邪気な笑顔で手を振るこの子を見れば、誰しも「天使のような」と思うかもしれない。まあ、足元に被害者が転がっている今は、そう思わない人が大半だろうが。




