表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/58

ツバメの雛みたい


 死体が勝手に消えたことについては、僕はもちろん、吉岡も驚いていたようだが。


 とにかく僕は、その場から撤収することを優先した。

 近所のファミレスで思案を練るかと思ったが、一つ思いついたことがあり、あえてそこから近い神社へと向かった。


 石段を上った先にある小さな神社で、神主さんの常駐もないし、密談をするにはもってこいだろう。あるいは、怪しい行為をするにも。






「神社は平気だよね?」


 到着してから尋ねたが、もちろん吉岡は元気に頷いた。


「どうして?」

「いや、こちらのヴァンパイア伝説じゃ、ヴァンパイアは教会へ入れないらしいから、神社はどうなのかなと」


「元の世界にも宗教はあったけど、そこの教会だって、わたし達は全然平気だったわ」

「そうか……ヴァンパイア伝説といっても、所詮はこの世界独自のものだからなあ」


 くだらない雑談をしつつ、僕は手水舎の近くにあるベンチへ吉岡を誘った。

 普通の女の子なら、「こんなところへ連れてきてなにする気っ」と柳眉を逆立てる場面かもしれないが、僕など小指で吹っ飛ばせる吉岡は、当然、全然不安そうには見えない。


「ちょっと暗いけど、吉岡には問題ないだろうから、このまま話す。真っ先に訊くけど、あの死体が消えた原因に心当たりは?」

「……ないわ」


 予想通り、吉岡は首を振った。


「故郷では、あんな風にハンターが消えることはなかったの」

「しかも、消えたのは死体だけじゃなくて、あいつが流した血液もだ」


 僕は薄闇の中で腕を組む。

 原因がわからないことってのは、どうしたって気になるものだ。


「廃墟で聞いた話じゃ、あいつの前にもう一人倒してたんだよな? そいつは消えなかった?」

「ごめんなさい、それがよくわからないの」


 吉岡は申し訳なさそうに低頭した。


「こちらへ転移した直後に襲われたけど、逆襲して倒した直後に、誰かの気配が接近してきて……。敵の増援だとまずいから、その時はそのまま逃げたわ。ハンターがしつこく追ってきたことに気付いたのは、あの時が最初だったわね」

「そうか、じゃあ死体が消えたかどうかは不明ということだ」


 僕は肩をすくめて、この件を一旦保留にすることにした。

 なにか意味があるんだろうが、今ここで解明するには、判断材料が少なすぎる。


「なら……肝心の話題をもう一つ。君は、いつから吸血してない?」


 どこか気怠そうな雰囲気になっていた彼女は、はっとしたように僕を見た。


「パワーが落ちているのに、気付いてたの?」


 あれで落ちていたのか!

 僕は内心で苦笑した。


「いや。ただ、少し気怠そうだなと思い始めていたよ。……前に聞いた話だと、吉岡の場合は片親が人間のハイブリッドだったよな? だから、昼間でも一定時間は活動できる……あの時、そう話してくれただろ」


 うろ覚えだが、彼女の説明によると、ハイブリッド……つまり片親が人間のヴァンパイアは、人間としての性質も受け継ぐらしい。吉岡が平然と登校できるのも、そのお陰だろう。


「平然と、ということもないの」 


 吉岡は苦い笑みを広げた。


「日光が苦手なのは、同じなのよ。ただ、事前に血を補給しておけば、昼間でも少しは保つということ」


 それから俺を見て、慌てて首を振った。


「吸血行為は、こっちへ来てからしてないわ。気絶させて血を適量抜いただけだから……それも、女の子ばかり」


 上目遣いに僕を見て、そんな言い訳をする。


「仮に、がっつり牙立てて吸血してたって、僕は責めないよ……吉岡は、いわば人間の上位種だし」


 野生のライオンだって獲物は狩るが、狩られる側は逃げこそすれ、ライオンの行為が不当だとは思わないはずだ。

 なぜなら、自然界ではそれが普通だから。


 とはいえ、僕の考え方がかなり普通人より歪んでいるのは認める。






「……やっぱり、男を吸血するのは控えてくれて正解かもな」

「どうしてかしら?」


 吉岡が何かを期待するように尋ねた。


「その役目は僕が独占したいから」


 さらりと言うと、僕はポケットに忍ばせておいた、折りたたみナイフを出した。


「ちょうどいい機会だから、今補給しておくといい……て、どうかした?」


 目を丸くしているので尋ねると、彼女は意外そうに述べた。


「この国の人は、武器なんか持ち歩かないと聞いていたわ」

「うん、普通はそうだろうね。そのまま座ってて」


 でも残念ながら、僕は普通じゃない……今更、普通に戻れるはずもない。

 内心をおくびにも出さず、立ち上がった僕は、右手首に刃を当てる。


「吉岡には、治癒能力があったはずだよね? なら、後の手当は頼むよ」

「いいけど……このまま、今ここで?」

「早い方がいい」


 言葉と同時に、僕は唇を開いた吉岡の上で、ためらいもなく手首を切った。


「思い切りがよすぎよっ」


 溢れ出る鮮血に慌てて口を付けた彼女は……時折身震いしながら僕の血を飲み干していく。

 普段は怜悧な瞳が次第にとろんとなり、顔が赤くなってきた。


 僕は僕で、「可愛らしく唇を開けているこの子は、なんか餌を待つツバメの雛みたいだなあ」と呑気なことを考えていたけれど。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ