この町の住人全てを使徒化するかもしれない
使徒達を集めたのは、閉鎖された学習塾のビルだったが、これも小さな不動産会社を営む使徒が、わざわざ貸してくれたものだ。
おまけに、ルナのマンション前には新車が止まっていて、お馴染みの石田氏が、まさに苦虫を噛み潰したような顔で運転席に座っていた。
「暇だったら送迎よろ~」
電話でそう頼んだのだのは僕だが、「俺の立場で暇なわけあるかあっ」と怒鳴りつつも、ちゃんと来てくれたらしい。
『わかりました。忙しいから来られないそうだよ? とルナには報告しておきます』
――そう返したのが効いたのだろう、おそらく。
「ああ、こりゃ前のより後部座席が広くていいですね」
先に車に乗った僕は、そう言ったものの、後部座席とドライバーズシートを遮るアクリル板を見て、「は?」と声に出した。
「変わった趣味ですね……アメリカのタクシーに憧れでもあるんですか?」
「馬鹿吐かせっ」
石田氏は愛想よく吠えた。
おお、マイクみたいな声だぞ……つまり、音声はマイクで拾ってるのか。
それくらい、びっちり上から下まで区切ってるってことだけど。
「これはなあっ。タバコの煙がそっち行かないようにと、マスターに命じられて特注で――というか、指示されたわけだ、うん」
後半にトーンが下がったのは、そのマスターであるルナが乗り込んで来たからだろう。
彼女は満足そうにアクリル板を見て、頷いた。
「いいわね。これならさすがに、後部に臭いが移りにくいでしょう。でも、わたしが乗っている時は、それでも禁煙して」
「……ううっ」
返事とも呻き声ともつかぬ声を上げ、石田氏は車をスタートさせた。
「時に、八神」
石田氏が僕を呼んだ途端、ルナが柳眉を逆立てた。
「ちょっと、簡単に八神君を呼び捨てに」
「いいんだって、ルナ」
僕は穏やかに止めた。
石田氏に話しかけられるなら、むしろぞんざいな口調の方が好ましい。
「僕は好きでざっくらばんに話してもらってるんだから」
「そ、そう……それならなにも言わないけど」
ルナの様子を窺ってから、改めて彼が言った。
「あー、とにかく、今から向かうところに使徒が全員来てるって話だが……あの人数とあの職種の連中を一カ所に集めて、揉めたりしないか?」
「ああ、ヤクザさんや警察の人なんかもいるから? 揉めないかって?」
「そう、そうだよっ」
石田氏は何度も頷く。
「だいたいおまえ、うちの署長まで使徒にしちまったのは、幾らなんでもまずくないか? 俺が睨まれるだろうがっ」
「ご心配なく。単にリストの順番ですと彼には言っておきましたし、そもそも、あのおじさん署長がどう思おうが関係ない。使徒のマスターに対する服従本能は、いかなる理由でも解けませんよ。実験の結果、証明済みです。多少の正義感があろうと、全然関係ないですね」
一応、彼の心配を解く意味で、保証してやった。
「それでも万一のことが起きれば、彼には退場してもらいます」
「そうか……それって殺すって意味だよな。おまえは恐ろしいヤツだな、八神」
ため息と共に、石田氏が呟く。
僕は思わず微笑した。
「最初からそう言ってるじゃないですか? だから、なるべく仲良くやっていきましょう。僕が貴方に退場してもらいたくならないように」
「けっ」
石田氏が憤慨したように声を洩らす。
「警察関係者にヤクザに不動産関係、それに役所の人間まで使徒化しちまいやがって」
「あと、学生も何名か。彼らの口コミ力も、馬鹿にできませんからね」
僕は静かに答えた。
「敵の潜伏場所を探すためには、手段を選びません。本当に必要と判断すれば、使徒全員に命じて、この町の住人全てを使徒化するかもしれない」
ハイブリッド特有の制約はあるが――。
別にルナの直属使徒じゃなくても、石田氏のような使徒が人間を吸血しても、奴隷使徒は誕生する。
要するに、使徒の使徒となるわけだ。
この方法なら、それこそねずみ算式に増えるはず。
ルナが「頼もしいわっ」と言いつつ、そっと僕と腕を絡める。
さすがヴァンパイア少女、そういう面での罪悪感は全く感じないようだ。僕もそうだけど。
「そういえば、例の荷物、持ってきてくれました?」
思い出して問うと、石田氏は嫌そうに頷いた。
「ああ、助手席に置いてある」
「結構です。まあ、必要ないと思いますけどね」
……話している間に、廃ビルが見えてきた。




