それってつまり、巨悪ってことだよな?
相手との距離が、徐々に詰まってくる。
さりげなく見ると、相手の男は僕と同じくらいの年齢か……やや年上といったところか。ただ、どういうわけか、ヤケに印象に残りにくい顔だった。
僕はたまに、義母の明日香さんから「生意気そうな美少年」と親愛を込めて呼ばれるが、美少年は置いて、生意気という形容は石田氏からも聞いた。
あと、いつも遠くを見ているような表情してるよ、などと葉月には言われる。
そして、前から歩いてくる少年は、その二つの特徴に見事に合致していた。つまり、僕と共通点が多いかもしれない。
服装はジーンズとセーターなので、これも普段の僕と似たり寄ったりだ。
なんとなく不思議な気分になり、顔を覚えておこうとするのだが……どうしても印象に残らなかった。不思議と言えば不思議である。
向こうもさりげなく僕達を――いや、僕のみに目を向けているようで、僕らは接近しながら、互いに相手を観察し合っていた。
そこで僕は、ようやく殺人現場を後にした直後だったのを思い出す。
「葉月、さりげなく恋人同士のように演技して歩こう」
囁いた僕が腰の辺りを抱くと、葉月は本当に嬉しそうに微笑み、「喜んで!」と答えた。自分も僕に抱きつき、見事な演技をしてくれた。
……いや、別に葉月は演技じゃないかもしれないけど。
仲睦まじく寄り添ったまま、僕らは少年と交差する。
瞬間、彼がなにか呟いたような気がした……うっすらと微笑みながら。
それでも、僕は一切気付かなかった振りをして、彼をやり過ごした。なおしばらく歩いた後、僕らは二人同時に足を止め、背後を振り返った。
「……あら?」
「おっとー」
葉月の不審そうな声と、僕が意外なことにぶち当たった時の乾いた声が、これも見事に重なった。
「消えちゃったよ、あの人」
「消えたなあ」
他人事みたいに応じはしたが、実はこれは、かなり不気味なことだった。
すれ違ってから、せいぜい三十秒ほどしか経っていないのだ。なのに、後ろはどん詰まりの一本道で、死体のある端の家まで、真っ直ぐな直線である。
突き当たりまでわずか三十秒では、とても到達できないはずなのに。
「どこかの並びの家に入った?」
「明かりもついてないけどな」
葉月の指摘に、僕は首を振った。
「それに、仮にどこかの家に入るにせよ、三十秒じゃ、まだドアの前にもたどり着けないよ」
「だよねぇ……だいたいあの人、奇妙なこと呟いてたの」
「葉月も聞いたのか? なんて言ったかわかる? 僕は今一つわからなかった」
「聞こえたよ……あれは、おにちゃんに話しかけたと思うの」
なぜか葉月は、確信を持って断言した。
「……友か敵か? あの人、おにいちゃんにそう話しかけたよ。葉月なんか見もせずに」
「身に覚えがないなあ」
僕はわざとらしく夜空を見上げて言ったが、内心ではかなり思うところがあった。
「ちなみに、どんな顔だったか覚えてる? あんまり印象に残らなかったんだけど」
「葉月は……かなり特徴ある顔だったと思う。だって、おにいちゃんに少し雰囲気が似てたもの。ただおにいちゃんと違って――」
珍しく言い淀んだので、僕は優しく促してやった。
「僕と違って、なに?」
「……おにいちゃんと違って、もう純粋に悪の側って気がしたの。笑い方からして、そんな感じだったな」
「純粋に悪の側……か」
背筋にぞくりと来るものがあったが、僕は意識して平静を保った。
「それってつまり、巨悪ってことだよな? しかも葉月には、僕より向こうが悪党に見えたのかい」
「葉月にとっては、おにいちゃんは悪じゃないもの」
ツインテールの片方をいじくりながら、葉月は僕に笑いかける。
僕は何事もなかったように微笑み返しながら、ある予感が胸に兆していた。
……さっきの彼とは多分、また会うことになるだろうと。
読み切りの短編書いたので、興味ある方はどうぞ。
……この物語とは全然関係ないです。




