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義妹をつけ回す、中年ストーカー


「そう言えば、車内に芳香剤を置いたんですね」


 タバコ臭が薄れているのに気付き、話を変えるためにも指摘した。


「俺の意志じゃねーよ。おまえも聞いてただろうが。あの夜の帰り道、吉岡さん――いや、マスターに言われたんだよっ。ついでに、永続的な禁煙も命令されたんだぞっ」

「ああ、そうでした……あいにく、忘れてましたよ」


 そのくせ、「吉岡さんじゃなく、マスターと呼びなさい」とルナに厳命されていたことは、ちゃんと覚えていたりするが。


「なあおい」


 石田氏が、妙に懇願する口調で続けた。


「マスターに頼んで、禁煙だけは勘弁してもらえるよう、頼んでくれないか。おまえの言うことなら、マスターも聞き入れてくれるだろ?」

「あ~……でも、禁煙した方が、健康にいいですよ?」 


 珍しく石田氏のためを思って忠告してやったのに、「使徒にされた俺が、ニコチンごときでどうにかなるかよおっ」などと、全力で怒鳴られてしまった。


 はははっ、態度はエラそうだけど、言ってることは正しいな! 

 確かにそりゃそうだ、弾が当たっても平気なんだから。僕は無責任に笑った。





「笑うなよ、ちくしょうっ。ああっ、タバコタバコっ、タバコ吸いてぇえええっ」


 石田氏が悔しそうにステアリングをガンガン叩く。

 実に見ていて飽きない人である。


「そうですね、じゃあこうしませんか」


 僕は少し考えて、持ちかけた。


「僕の頼みも聞いてくれたら、ルナに禁煙解除の件を頼んであげます。プラス、この車も新車に買い換えられる資金を提供しますよ」


 石田氏はルームミラー越しにとっくり僕を見たが、即答はしなかった。

 野良猫が人間を睨むような目つきでしばらくジロジロ僕を見た後、ようやくぼそりと述べる。


「大盤振る舞いだな。一体、なにをやらせようってんだ? これからの仕事だって、たいがい気が滅入ってんのに」


「やだな、僕の頼みはそこまで難しくないですよ。……実は、義妹をつけ回す中年がいるらしいので、なんとかして欲しいと本人から相談受けてましてね」


「義妹? 美人なのか?」

「それはもう……路上で何度もスカウトに声かけられてるほどで。まだ中学に入学したばかりなのに」


 既に、バス停でさりげなく後ろからお尻を触られそうになったとか――その時は、上手く回避したそうだが。


「中坊に中年のストーカーか……おまえの力で、なんとかならないのか?」

「相手が特定できたら、なんとかなるかもしれません。……でも、僕が出しゃばっていつも上手く行くとは限りませんからね。この前だって、肝心の神父には逃げられましたし。だから、今回は優秀な日本の警察に頼ろうと思ったんですが。まあ、貴方が興味ないなら、いいです」


「嫌み言うなよっ。まあ、待てって!」


 タバコと新車がかかっているせいか、石田氏は慌てて言った。


「俺が慎重なのには、理由がある。警察ってのは、基本的になにかコトが起きなきゃ動けないからだ。ストーカーがいるらしいってだけじゃ、駄目なんだって。……けど、非番の日にでも俺自身が出張って、一個人としてそいつに忠告するくらいならできる。さりげなく俺が警察関係者だと教えてやって、『知人から相談受けたんだが?』て感じでな。そいつがつけ回してる最中に話しかけられたら、ベストだ。それでどうだ? 大抵の奴なら、そこで身を引くと思うぞ」


「……まあ、いいでしょう。では、僕も義妹に話を通して、相手を特定できないかやってみますよ。さすがに、今日は無理にしても」


 僕は肩をすくめてあっさり譲歩した。

 元々、警察が万能じゃないことはわかっている。石田氏に話したのは、彼なら何かいい手を思いつくかもしれないと考えたからだ。 


 ――後になってから、僕はこの判断を大いに悔やむことになる。


 彼に話したことをではない。

 石田氏に持ちかけたのはいいとして、僕はこの時、すぐに行動に移すべきだったのだ。しかしあいにく、この時はそこまでストーカーを問題視していなかった。


 むしろ、義妹の葉月に目をつけるとは、目は肥えているが無謀な奴だなと思っていたほどだ。

 これはある意味では正しく、ある意味では大きな間違いだった。


 この後で起きることを、僕は予想しておくべきだったのだ。


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