小悪党は巨悪には決して勝てない
「こちらには武器があるっ」
やや慌てたような声が口走った。
「そりゃあるでしょうとも。だから、どうかしましたか?」
言い返したのみで、僕は立ち止まりすらしない。
「わからないのかっ。下手に近付くと撃ちまくるぞ! おまえはともかく、他の者は無事では済むまいっ」
「あ、勝てそうもないからって、そういう卑怯な手段に出ますか? これまた、相変わらずですね」
僕は振り向き、冷静に指示した。
「亜矢、捕虜はルナに任せて、近くの長椅子の陰に隠れてくれ」
「わかりました!」
僕の言うことに疑問を持たない亜矢は、質問も意見もすることなく、たちまち言われた通りにささっと隠れてくれた。
縛られた青年がここぞばかり転がって逃げようとしたが、あいにく代わりにルナが素早く踏んづけた。
「どこへ行くの、どこへ? おまえの目当てはわたしなんでしょう?」
見目麗しいセーラー服の美少女達に交代で踏まれるとか、なんと幸せな。
……冗談はさておき、これであっちはあっちでなんとかしてくれるだろう。
「さ、神父さん。そんなに撃ちたいなら、もういいですよ。どうぞ、出てきて弾が続く限り、好きなだけ撃ちまくってください。ここは周囲に住宅もないから音も届きにくいし、後はもう、撃たれても平気な者しか残ってませんし」
「いや、待て待てっ。俺はよっ。忘れてくれるな!」
石田氏が喚いて寄越したが、振り向くまでもなく、ルナがしれっと指摘してくれた。
「馬鹿ね。あなたはもうわたしの使徒だから、銃弾なんか効かないわよ。わたしが死ぬまでは無事ってこと。よかったわね」
「マスターであるあんたが死んだら?」
「誰があんたよっ。……わたしが死んだら、その瞬間にあなたも死ぬに決まってるでしょっ。それが使徒ってもの」
ルナはずばっと宣告した。
これぞまさに、一蓮托生というヤツだろう。
「マ、マジかっ。いや、マジですかっ。うああああ」
いかん、悲嘆に暮れた石田氏の声に、また笑いそうになった。
「悲観しなくてもいいじゃないですか。いずれ僕だって同じ道を歩むかもだし」
僕はニヤけつつ、再び前進を再開した。
「ところで、肝心のインチキ神父! 今の貴方のお名前は? もう立花とは名乗ってないんでしょうね? どうせそっちも偽名だったけど。……そうだな、真っ黒の服だから、カラス神父とかにしときますか。今だけの仮名で」
「ふざけるなっ」
僕の接近を阻止できないと悟ったのか、あるいは仮名のカラス神父にむかついたのか、ようやくインチキ神父が立ち上がった。
こちらは、ハンターの持つ武器ではなく、普通に自動拳銃など構えていた。
「いつも貴様の思い通りになるとは限らんぞっ、八神っ」
「いや、いつも思い通りになるなんて、考えたこともないですね」
立ち止まった僕は、平然と言い返す。
「僕の場合は、相手によっては、敗北がないってだけのことです。なぜなら、小悪党は巨悪には決して勝てない――多分、そういうルールなんでしょうよ、世の中は。貴方は最初から、僕に手を出すべきじゃなかった」
「私が小悪党だというのかっ」
「お、俺がおまえに手も足もでなかった理由って、それかっ」
憤然とした神父の声と、素っ頓狂な石田氏の声が重なった。




