私が知る限りで、最悪にして最強の怪物が在籍しているのさ
次に目覚めた時には、亜矢は木製の長椅子に仰向けに寝かされていた。
薬品などで眠らされたのではない証拠に、頭はすっきりしていて、寝覚めは悪くない……しかも、特に縛られているような様子もなかった。
呆れたことに、身体検査もされていないらしい。
スマートフォンの入った鞄こそ近くにないものの、制服のポケットにあった中身はそのままのようだ。
(じゃあ、まだチャンスはあるはず)
あえて起き上がったりせず、そのままこっそり薄目を開けて周囲を見渡したところ、ここはどこかの教会の中らしい。
となると、亜矢が寝かされているのは、祭壇を前にした信者用の長椅子だろう。
薄暗いのは、あれからかなり時間が経った証拠に思える。
そこで誰かの靴音が近付き、亜矢は急いで目を閉じた。
今の状態なら、寝たふりをしていた方が正解の気がする。
亜矢のいる長椅子の脇で止まった誰かは、しばらく亜矢の様子を見ていたようだが、やがてため息をついて祭壇の方へ戻っていった。
亜矢がまた薄目を開けたところ、見覚えのあるスーツの背中だったので、自分が話しかけた青年だろうと思われる。
しかし、そこで祭壇の方から別人の声がした。
「どうかね?」
「いえ、まだ起きてませんね……ぐっすり寝込んだままです」
「そろそろ目覚めると思ったのだが」
「この世界の魔法のことは私にはわかりませんが、ダメージが残るような術式じゃないでしょうね?」
あの青年の声が不安そうに言う。
「まさか。君達の世界とは根本から違う神を信仰しているとはいえ、私とて神父だよ。無益な殺生はしないさ。単純に眠っているだけのはずだ。だいたい、君だって覚悟はあるのだろ? 例えばの話だが、あの少女がもしルナとやらの手先だっとしたらどうだ?」
「そりゃ殺しますよ!」
今度は迷いの欠片もない声音で青年が即答する。
「本物の使徒であれ、単にあいつに操られた手駒であれ、逃げたヴァンパイアの味方をする者は、等しく殲滅します」
(ヴァンパイア?)
亜矢は不思議と嘘だとは思わなかった。
守の存在を思えば、ヴァンパイアごときは驚くほどでもない。
「それを聞いて安心した。……実は彼女を問答無用で眠らせたのには、ちゃんと理由がある」
「まさか、彼女が本当に使徒だというのでは」
「いや、それは君の魔法を待つ他はないが……あの学校が問題なのだよ。君が調査に行くと聞いた時に、既に嫌な予感がした。あの学校には、私が知る限りで最悪にして最強の怪物が在籍しているのさ……しかも、まだ入学したばかりだ」
「逃げたヴァンパイアと関係あるとでも?」
「大いにあるね。もし君が狙うヴァンパイアがあそこに潜んでいるなら、目も当てられない。あの化け物はそういうのを嗅ぎつけるのが上手だし、大抵の悪は、あいつに魅せられていつの間にか奴の側についてしまうんだよ」
実に忌々しそうに神父と名乗った男が吐き捨てた。
(化け物ですって!)
神父の言葉ではないが、亜矢こそ嫌な予感がした。
「だからといって、こっそり後をつけないで頂きたい」
青年の気を悪くしたような声が言う。
あまり神父の言い分を信じていないらしい。
「いくら協力関係にあるとはいえ、僕の仲間だって、きっといい気はしますまい」
「君が黙っていれば、問題ないさ。それより、私は買い出しに行こう。途中で目覚める前に、彼女は縛っておきたまえよ?」
「彼女はまだ少女ですよ……平気でしょう。目覚めれば、僕が素早く記憶を読みます」
「……好きにしたまえ。万一の時に、痛い目を見るのは君だからね」
そう言い捨てると、足音が遠ざかり、どこかのドアを開けて出て行った気配がした。おそらく、神父とやらが買い出しに行ったのだろう。
この教会は彼のものではないようだ。
そして――入れ替わりに、またさっきの靴音がこちらへ近付いてきた。
亜矢はスカートのポケットに手を入れ、タイミングを推し量った。
まだ今の会話の内容は不明な点が多いが、いずれにせよ、同級生の吉岡と関係あるのは間違いない。ならば、守とも無関係ではないだろう。無視はできない。
(来たっ)




