はりきっていきましょう
そこで僕が二人の様子を窺うと、ルナは驚いてはいたが、「そういえば、元の世界でも、大陸一の魔道士が八神君と似た能力を持っていたわ。全然、レベルが違うけど」などと、感慨深そうに呟いていた。
僕が見ているのに気付き、「あ、レベルが違うっていうのは、向こうが断然能力が弱いけどっていう意味よ」とわざわざ教えてくれた。
僕は「そちらの世界へ飛ぶ必要性が生じたら、注意すべきかもね」とのみ答え、石田氏を見る。彼は――なんというか、ひどく複雑な顔をしていた。
地獄の存在を確信しているが、可能なら信じたくない……例えて言えば、そんな表情である。
「今の、わけわからん『元の世界』とやらの会話もたいがい気になるが……しかし、それよりおまえの能力の方が大問題だな。嘘つけガキがーと言いたいところだが、嫌過ぎることに、多分、おまえは本当のことを話したんだろう。さすがに、明日太陽が昇らないってのは、有り得んだろうとは思うが」
しかめっ面全開で言ってくれた。
「いや、そう簡単に『有り得んだろうとは思うが』なんて決めつけない方がいいですよ。僕は、これまでの経験則で推測してますし、自信もあります。むしろ、自信あるからこそ、本気で願うとまずい。実際、僕はこの難儀な力を、エンド・オブ・ザ・ワールドと呼んでいるんです。……扱いをしくじれば、この世界は本当に終わる」
「けっ、聞かなきゃよかったぜ」
石田氏は、随分と情けなさそうな顔になった。
「とんでもねー奴にひっ捕まったもんだ。となると、俺に逃げ道なんざないな……実験がどうのが終わったところで、引き続き、ロクでもないことをやらされるわけか」
「いやいや、やってもらうことはその都度ちゃんと教えますし、わけもわかりますよ。実験が成功すれば、貴方にも全部説明しますから。それを信じるかどうかは、また別ですけどね」
そこで僕は思いつき、軽く膝を打った。
「とはいえ、貴方のやる気が激減したままなのも困りますね。実験が成功しても、嫌々働いてほしくないですし。……指示を出す度に、成功報酬を出すというのはいかが?」
ルナが「えー、こいつにお金だすの?」と言わんばかりの顔を見せたが、僕は気付かない振りをした。人間、やる気ってのは結構重要なのである。
普通は誰だって、無報酬で他人のために動きたくあるまい……多分、使徒になっても。
「報酬っていくらだ?」
石田氏は、質屋の主人が客を値踏みするような目つきをした。
「貴方の望みは?」
「……おまえ、そんな大金持ちなのか」
「前に、能力の練習のつもりで、即物的に現金を望んだことがあるんですよ。僕の場合、そういう悪徳の望みは叶いやすいんです。だから多分、貴方が想像するよりはお金持ちだと思いますね」
「ぬうっ」
これは本気らしいと思ったのか、石田氏はにわかに表情を改めた。
「俺に望むのは、情報収集か? 手に余るようなことじゃないだろうな」
「情報収集は、まさにメインですねぇ。正解です。あと、無理な指示は出しませんから」
「そうか……よ、よし、では指示されるごとに、二十万では?」
「……意外と望みが低いですね。じゃ、二十万で」
「ま、待てっ」
石田氏は、やたらと慌てふためいた。
「そんな簡単に出せるなら五十万っ――」
「駄目です、チャンスは一度。後は働き次第で報酬を上げますから、待ちましょう」
僕がきっぱり言い切ると、石田氏は実に情けなさそうな顔になった。
彼を嫌っているらしいルナが、声を上げて笑ったほどだ。
「ちくしょうっ。もっと考えるべきだった!」
「まあ、経費は別にしときますよ」
悲嘆ぶりが笑えたので、僕はそう付け加えてあげた。
そして、笑顔のまま無情に告げる。
「じゃ、そういうことで、いよいよ実験です。貴方の運命が、ここで決まりますね。さあ、はりきっていきましょう!」




