『被験者が世を儚(はかな)んで自殺コース』という選択肢も、ちゃんと考慮されています
ついでに夜空を見上げ、「あ、ちなみにそこにへたり込んだままだと、貴方、三秒後に死にますよ」と警告もしてやる。
まだ、この元刑事に利用価値があると思いたい。
警告され、呆けたように上を見た石田氏が、「うわっ」と叫んで転がった。
ギリギリ回避が間に合った感じだ。
その直後、どこかから飛んで来た質屋の電柱看板が、石田氏が今の今まで座っていた場所にゴワァアアンッと盛大な音を立てて(看板の角から)地面に落ち、グシャッと曲がって裏返しになった。
「む、惜しかったなー」
僕が感想を述べると同時に、奇妙な暴風もぴたっと収まった。
「……怖くなかった?」
石田氏は無視でルナに気を遣うと、さすがは歴戦のヴァンパイアである。
すぐに首を振り、「素敵だったわっ」と言ってくれた。いやだから、そういう類いのものじゃないというのに。
とにかく、これでようやく倉庫の鍵を開けて中へ入ることができた。
ただしその前に、石田氏に自分が撃った弾丸を回収するようにルナが命じて。またしても新たにイビルアイにかけられたので、またしばらくは保つだろう。
親父の代からやってる、うちの貸し倉庫は二階建てであり、全体の入り口と、それから各部屋のロックとで、二重の施錠が出来る仕組みになっている。
一階も二階も、本来は幾つもの部屋に分かれていて、本来は大勢が借りられるだろう。あいにく今は、僕が自分の私物を一階の奥に置いてあるだけだけど。
その部屋が六畳間相当で、一番広い。
ロックを解除して中へ入ると、自動で電灯がついた。
ソファーと段ボールの山、それに学校で使うような机が一つだけポツンと置いてある。
僕が鞄から、採取したルナの血液を入れた小瓶を取り出すと、本人が寄ってきてストレートに尋ねた。
「……上手く行くと思う?」
「行かない場合は、オーソドックスな方法でやるしかないね。その場合、女性中心で行こう」
「そうね、そうするしかない……か。ハンターが全滅したとは限らないものね」
「そう。本当に全滅していると確信できるまで、安心しちゃ駄目だ」
僕が言い聞かせている間に、股の下でテニスボールでも挟んでいるような、ひどく微妙な歩き方で、石田氏が入ってきた。
手足がぷるぷる震えているのは、殊勝にもまたイビルアイに抵抗しているのだろう。
懲りない人である。
「ヤケに早かったけど、ちゃんと空薬莢と弾を回収しました?」
「空に飛ばした一発以外は、ちゃんと掘り出して拾ったっ」
むっとして石田氏が言い返す。
「俺だって、後でそうしようと思って、着弾した地面は覚えていたんだ」
……一発が行方不明なら、同じことなんだけど、まあいい。どうせそのことで面倒が起きても、おそらく石田氏が困るだけだ。
なにやら気味悪そうな目で僕を横目で見ていた彼は、やがて倉庫内を見渡して、眉をひそめた。
「ソファーやら段ボールはいいとして、学校で使うような、このショボい机はなんだ?」
「貴方の座る席ですよ。早速始めるから、腰掛けてください」
「俺はソファーじゃないのかよ」
文句を言いつつも、大人しくどさっとスチール製の椅子に腰掛ける。
盛大に倒れたもので、節々が痛むのだろう。
「ちなみに、もし僕の実験が上手く行かず、なおかつ事後に貴方の聞き分けが悪いようだと、そこで自分の遺書を書いてもらいますから」
「……は?」
途中まで聞き流していたのか、石田氏がぎょっとしたように座り治した。
「おい、そういう脅しはやめてくれっ」
「いや、今日は本音しか口にしてないですよ、まだ。実際僕の中では、『被験者が世を儚んで自殺コース』という選択肢も、ちゃんと考慮されています」
しれっと言い返しつつ、机の上に、ルナの血液入りの小瓶とか、ペットボトルの水とか、小さなコップとか、注射器とかを並べていく。
ぞっとする目つきで見ていた石田氏が、嫌な予感に捕らわれたのか、「ま、待てっ」と声に出した。
「また抵抗するなら、無駄だと――」
「いやそうじゃなくてっ。さっきのあのヤバい現象はなんだっ。それを先に説明してくれっ。場合によっちゃ、もう全面降伏して、おまえに協力するからよっ。俺だって、無駄な抵抗した挙げ句、質屋の看板に頭割られたくねーやっ」
「わー、だいぶ殊勝な発言するようになりましたね。……でも、本当に知りたいんですか? 怪しい時間稼ぎじゃなくて?」
「違うっ。真面目に知りたいんだって。こう見えて俺は、好奇心が強いんだ」
「……実は、わたしも知りたいわ」
遠慮がちにルナが口を挟む。
茄子みたいに真っ青な石田氏と違い、こちらは随分とわくわく顔だった。




