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胸に抱き締めるかのように

 その夜、僕は「散歩に行く」と称して、早めに家を出た。


 実は僕は、しょっちゅう夜中の散歩に行く癖があり、家族には特に怪しまれない。

 ただ、例によって義妹の葉月が玄関口まで走ってきて、「あたしもいっしょにいきたい!」とダダをこねただけだ。

 薄いピンク色のパジャマ姿のところを見ると、わざわざベッドから飛び出してきたらしい。


 この子もだいぶ胸が膨らんできたなあ、そろそろブラをしてくれないと気まずいんだけど? などと思う瞬間である。




「昼間の散歩の時な」


 中学生になったばかりの葉月の頭を撫で、僕は辛抱強く言い聞かせる。


「おにいちゃん、昼間は全然お散歩しないじゃない!」


 撫でられてくすぐったそうな顔付きながら、葉月が抗議する。

 今は亡き父が、生前に再婚したお陰で現在のややこしい状況があるわけだが。

 一緒に暮らし始めてまだ三年に過ぎないこの子が、どうして僕にこんなに懐いてくれるのか、さっぱり理解できない。


「もう二十三時になるところだろ。葉月は駄目だよ」


 言いつつ、少しズレたヘアバンドを直してやる。


「あたしも、もう中学生になったのにー」


 可愛い唇を尖らせたが、僕は笑って言ってやった。


「高校生になったらな」

「本当!? 高校生になったら、深夜散歩に連れて行ってくれる!?」

「いや……」


 迂闊うかつなことを言うものではなかった。


「ていうか、なんで散歩なんて老人臭い趣味に付き合いたがるのさ?」


 素早く話を変えてやると、なぜか葉月は目を逸らせた。


「それは……」

「とにかく、行ってくるよ」


「でも、ニュースで、交番で拳銃盗まれたって言ってるよ! 危ないんだもんっ」


 引き留めるための嘘でもなさそうだが、僕は気にせずにドアを開けた。


「大丈夫だよ。日本で一般市民が撃たれる可能性なんて、笑えるほど少ない確率だし」

「あーーーっ」


 背中の方で抗議の声が聞こえたが、僕は聞こえない振りをして家を出た。






 うちの街にあるパークホテルの正式名称は、「霧が丘パークホテル」という。

 ちなみに、うちの高校も同じだが、某県にある同名のホテルとはなんの関係もない。そもそも、この街にあるパークホテルは、駅から徒歩二十分という微妙すぎる距離にあり、普段から客入りがよくない印象があった。


 自宅から半時間もかけて歩き、久しぶりに裏通りにあるそのホテル前に来ると、なんともう閉鎖されていた。

 知らぬ間に倒産していたらしい。

 フロントがある一階正面は、シャッターが下りていて入れない。


 あちこち見て回ると、ホテル横の壁面に通用口みたいな小さな鉄扉があり、試しにドアノブを回すと、鍵はかかっていなかった……というか、そもそも鍵ごと破壊されている感じだ。


(これは……おそらく吉岡だろうなぁ)


 どうも解錠部分が枠ごとねじれて吹き飛んだようで、どうやればこんな破壊の仕方ができるのか、謎である。

 機械警備のシステムが無いことを確かめた上で、僕はホテル内に滑り込む。


 ちょうど、目の前が従業員用の廊下になっていて、突き当たりにこれも専用の階段があった。懐中電灯を持参してきたから見えるものの、そうでなければ、鼻を摘ままれてもわからない暗闇だった。


 ……そして、足元にべったりと血の跡があった。




「うわー」


 僕は乾いた声を出すと、急いでポケットからハンカチを出し、さっき触ったドアノブを丁寧に拭っておいた。ついでに、廊下はまだ全然綺麗に見えたが、一応、靴もそこで脱いでおく。


 血の跡があったからといって、死体もあるとは限らないが……しかし、鮮血の帯みたいなのが廊下にあって、それが廊下から階段へ続いているとなれば、用心は必要だろう。

 死体を引きずった跡にしか見えないし、犯人だと後で誤解されてはたまらない。


 あんまりいい予感はしなかったが、約束は約束である。


 僕は肩をすくめ、血の跡を踏まないように用心し、さらに先へ進む。

 最上階の五階を越え、さらに屋上への階段を上がった。

 赤い帯みたいな跡はかなり薄れていたが、まだしっかり残っている。この出血量が本当なら、誰であろうと、死んでいるだろう。


 ……願わくば、僕が二人目の死体にならないといいのだけど。


 薄く開いていた屋上の鉄扉を足先で広く開け、僕は屋上へ出た。

 反対側の手すりの手前に、セーラー服姿の髪の長い女の子がいた。

 思ったとおり、振り向いたのは吉岡月夜その人である。

 月夜と書いてルナという難儀な読み方をする、年下のくせに同級生になった子だ。


「八神君! 早いわねっ」

 

 吉岡が優しい笑顔を見せて、両手を広げた。

 あたかも、僕を胸に抱き締めるかのように。


 ……その足元に死体が転がっていなければ、そして、なぜか右手に拳銃なんぞを持っていなければ、甘い予感がしたかもしれない。


 ちなみに、僕の脇を通る血の跡は、ちょうどその死体へと続いていた。


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