眩しい白い歯と、甘い香りのする吐息
ホテルでの実験を終えて再び出てきた時は、既に夕刻だった。
成否については、まだわからない。
僕とルナの希望が一致し、今は牙を使わずにシモベを量産する方法を模索しているんだが、とりあえず、彼女の牙そのものに、ヴァンパイア因子の秘密があるわけじゃないらしい。
当初、毒蛇が液体状の毒を牙に分泌するのと同じく、ヴァンパイアの牙からなにか分泌するのかと予想したのだが、そういうことは一切なかった。
恥ずかしがるルナを説得して椅子に座らせ、部屋を暗くしてから牙を伸ばしてもらったものの、「この子の口内は、牙を含めてどの歯も真っ白! 芸術的な歯並びで、こりゃ歯磨きのCMとかにも使えるぞっ」ということが明らかになったのと……彼女の吐く息は、なぜか甘い香りがするという事実を確認しただけだった。
結論的に、単なる僕得である。
加えて、口を開けて牙を見せるのを身も世もなく恥ずかしがるルナを見られたのも、僕得と言えば、僕得だ。
「はい、あーんして」
などと僕が半ばふざけて頼むと、「セクハラだわっ」とルナが覚えたてのセリフを涙目で口走ったが、それも可愛かった。
……ただし、実験の成果的には明らかに無駄だったけど。
ルナの牙は本人の意志に応じて鋭く伸びるものの、別になにも分泌しない。
彼女自身は、「そうじゃなくて、魔術的な要因でシモベが生まれるはず」と主張したが、本人もそれ以上のことは知らないらしい。
人間をシモベと化すのに別に理屈など必要ないので、そこは無理もない。
僕だって、必要がなければこんな実験に拘らなかったはずだ。
いずれにせよ、一度の実験で懲りるほど、僕は殊勝な性格じゃない。
本当のところは、これから判明するはずだ。
ホテルを出た僕は、ルナに厳かに告げてやった。
「じゃあ、次は本番の人体実験ね」
「ついさっき、わたしを相手に人体実験したじゃない? だいたい、どうして血を抜かれたのかしら? 話が反対だと思うけど!」
密かに持参した注射器でがっつり血液を抜かれたルナは、無理もないが、少し機嫌が悪かった。皮膚が僕の予想以上に頑強で、針がなかなか血管に刺さらなかったのも、機嫌の悪さに拍車をかけている。
虐めを受けたように思ったのかもしれない。
「まあまあ……次の人体実験が無事に済んだら、きっとルナも納得するよ。シモベ増やすのに噛みつくのは嫌なんだろ?」
実は、僕も彼女に噛みついてほしくない。
相手が女の子ならともかく、男とか最悪だ。他に方法がないのがわかるまで、その方法は使いたくない。
「まあ……八神君がそう言うなら」
「じゃあ、行こう、哀れな犠牲者のところへ。今度はルナも虐める側だよ」
「相手は誰なの?」
「腕利きと思われる、刑事さん」
軽く調べただけで、過去十年の新聞に、三度も名前が出てくる刑事さんというのは、非常に珍しい。普通、あらゆる事件が記事となって新聞に載る時には、いちいち関わった刑事の名前なんか出ない。
にも関わらず、古い新聞に名前が載ってるということは、それなりに優秀な刑事なのだろう。
僕がこの某石田氏に白羽の矢を立てた理由はまさにそれだが、ただ、彼が関わった事件を詳細に調べた結果、ある種の疑いも持っていた。
あまりにも優秀すぎるのが、逆に怪しい。
特に、麻薬の密輸絡みで偶然現場を押さえ、結果的に二度も手柄を立てているのも、ちょっと腑に落ちない。
ともあれ、僕らはターゲットの石田氏が所属する警察署に二人で出向き、勤務を終えて出てくる警察官を一人選び、ルナにイビルアイをかけてもらった。
無論、危険は承知の上だ。
そいつが何も知らなければ、さらに危険を冒して次の奴をとっ捕まえて尋ねるつもりだったが、小さい署のお陰か、二人目に当たる必要はなかった。
無事に、「石田警部補は、もうすぐ日勤を終えるはず」との情報を得たのである。
「出直す必要はなさそうだ。あと一時間くらいだそうだけど……石田さんが、聞き分けのいい素直な人だと助かるんだけどな」
独白した後、僕はスマホを出して家に連絡を入れた。
今日の帰りは少し遅くなりそうなので。




