幼女が見つめる
「あ、そういうことなら」
ふいに、ルナが立ち止まった。
「……ハイブリッドの場合、創造されたシモベには、かなり当たり外れがあるのだけど?」
「当たり外れ?」
首を傾げて、僕も立ち止まる。
「どういう意味かな?」
「普通なら、ヴァンパイアが牙を突き立てて作るシモベの実力は、おおよそマスターであるヴァンパイア当人の実力に比例するわ。強いヴァンパイアが作るシモベは優秀だし、弱いヴァンパイアだと弱いシモベにしか変化しない。人間側の素養はあまり関係ないの――普通はね」
思わせぶりな言い方をした後、ずばっと説明してくれた。
「でも、ハイブリッドの場合、ヴァンパイアたるわたしの能力だけじゃなく、人間側の素養も大いに関係する。凡庸な獲物を噛めば、そいつがシモベになった後も、大して期待できないわ」
「へー、そりゃわかりやすいな。むしろ、ヴァンパイア側の能力だけが問題になる方が、僕としては不思議だ」
肩をすくめ、僕は安心させるように頷いてやった。
「気にしなくていいよ。僕は最初から、手駒にするなら相応の人を選ぶべきだと思ってたから」
「そう……頼もしいわね!」
意外にも、ルナが本気で頼もしそうに褒めてくれた。
「時に、ルナはシモベを作ったことはない?」
歩みを再開しながらさりげなく問うと、ルナは首を振った。
「わたしは人間嫌いだから、まず『牙を突き立てる』という部分が嫌で嫌でたまらないの。だから、いつも肌を斬り裂いて血を流させるだけ」
なにげに、スプラッタ映画顔負けのシーンを思い浮かべそうな話である。
要するに、ずばっと斬り裂いて血を流させるわけだし、そっちの方が残酷かもしれない。
それに――とルナが続けた。
「ヴァンパイアの掟的には、シモベを増やすのは一種の禁忌なの。一度シモベにしてしまうと、相手はもう人間じゃなくなって、吸血できなくなるから。となると、シモベが増えたら自分達の首を絞めるようなものでしょ?」
「……その割に、僕の提案に反対しないんだな」
不思議に思って尋ねると、「ヴァンパイア社会では、誰かに契約を持ちかけて無事にパートナーとなった場合、受諾してくれた相手の意見に従うのが普通なのよ」とあっさり教えてくれた。
「あの夜、『わたしは貴方のものになるわ』と言ったでしょ? あれは本当に、言葉通りの意味なの」
「男尊女卑とかじゃないよね?」
眉をひそめて僕が問うと、ルナは明確に首を振った。
「元の世界の人間社会はそうだったらしいけど、わたし達は違う。契約は、あくまでもどちらが先に持ちかけたのかが、問題となるのよ。男性が女性に持ちかける場合だってあるわ」
――大抵の場合は、恩義を感じた相手か……さもなくば、愛する人に契約を持ちかけるの。
とルナは補足で付け加えた。
なぜか後半の声が小さかったが、追及するのは控えた。
「ハイブリッドだと、パートナーが人間でも気にしない?」
「相手が気に入れば、関係ないわね」
ルナがじんわりと横目で僕を見る。目の端が少し赤かった。
「それにわたしは、八神君があまり人間のような気がしない。だから、嫌悪感なんて全然ないのよ」
「……そう」
彼女は、おそらく気付いてないだろう。
僕が一番気にしていることを、自分が今真っ向から指摘したという事実に。もちろん今のは、好意で言ってくれたのだ。
かつてのインチキ神父のような、侮蔑と畏怖の意味合いではない。
「ほら、このホテルよ」
再び足を止めたルナは、棒立ちの僕を振り返って、小首を傾げた。
「どうかした?」
「いや――」
別になにも、と言いかけたその時、乳母車を押した母子が前から来た。
実は僕にはよくあることだが、乳母車に座った幼女が大きく目を見開き、僕をじいっと見つめていた。すれ違う時もわざわざ顔を動かし、身を乗り出すようにして眺めている。幼児特有の遠慮のなさで。
その無垢な瞳に浮かぶ僕の姿は、うっすらと靄のようなものに覆われているように見える……これも、いつものことだが。
七つまでは神のうちという言葉があるが、あれは真実なのだろうか。
街角で出会う幼児達が僕に何を見ているのか気になるが、それを知るとよくないことが起こりそうな気もしている。
オーメンのダミアンだって、自分の正体に気付かなければ、平穏に暮らしていたかもしれないじゃないか。
……こんなことを考えること自体、インチキ神父に毒され始めている証拠かもしれないけど。
だいたいあいつは、悪魔とは言わなかった。「おまえは化け物だっ」と罵ったのだ。
似ているようで、だいぶ違う。
「八神君?」
「あ、ごめん」
心配そうなルナの声に、僕は幼児を見つめ返すのを中止して、彼女のそばに急いだ。




