おまえは化け物だっ
……言うまでもないが、僕は自分が亜矢の下着セレクトまでしていることは、一切話さなかった。
別に僕の意志じゃないと言ったところで、吉岡はよい顔をしない気がしたので。
ただ、適当に和んだところで、彼女がふいに切り出した。
「ところで……三年前の事件とやらについて、いつか教えてくれる気あるの?」
「いつかね」
予想通り訊かれたかという思いで、僕はそっと息を吐く。
「実を言うと、亜矢の願いを聞き入れたのも、その事件と無関係じゃないんだ。だから、そのうち話すよ。……吉岡がその時も僕のそばにいれば」
「わたしは、あの夜からあなたのものになったのよ。あんな場所だったから、簡易的なやり方だったけど、契約は契約だから」
吉岡が、闇そのものを思わせる黒い瞳で見つめてきた。
「見放すとしたら、わたしじゃなくて八神君だわ」
……どうも、あの晩の契約とやらには、僕が思う以上に深い意味があったらしい。
「僕は歴然とした裏切り行為でもされない限り、見放したりしないって」
「それが本当だと嬉しい……でも、貴方は気が多そうね」
聞き捨てならないことを述べ、吉岡がため息をつく
「だいたい、どうせなら人間のその子のためじゃなく、わたしのためだけに戦ってほしいわ」
鮮やかな色の唇を、少し尖らせた。
不満はそこですか、と僕は思う。
「その頃には、まだ吉岡と逢ってなかったからな」
「吉岡じゃなくて、ルナと呼ぶ約束よ」
すかさず、言い返された。
「……いや、それは相談の上だろ。ちなみに、本当の本名はなんていうの? 吉岡のわけないよな?」
「ルナ・ベアトリス・アレイスト・グランバース・ジルフォニアンよ。……もちろん、八神君はルナって呼び捨てでいいわ」
完全に真顔で言ってのけてくれた。
どのみち、先頭のルナしか覚えられない気がする。
「もしかして、向こうでは貴族だったとか?」
僕が尋ねると、彼女は心持ち胸を張った。
よかった、今日はブラを着けてる感じだ。
「もちろん。ジルフォニアン家は先祖代々、一族の貴族階級よ。人間達に追い詰められて、わたし以外の一族は死に絶えたけど、それでも身分が消えたわけじゃないわ」
「先祖が農民だったはずの僕の家系とは、えらい差だな」
「……わたしと契約してくれたんだから、もう農民じゃないわよ」
笑いもせずに吉岡が言う。
「貴方も当然、もう貴族なの。わたしを自分のものにしたということは、そういうこと。今まで通り、平民でいられるわけないわ。そう、それで思い出したけど――」
返事に苦慮するところだったが、吉岡の方で勝手に話を変えてくれた。
「八神君とあの学校のクラスの生徒達って、本当に同じ種族なの?」
「……なんで? 僕だけ違うってこと?」
実は吉岡の指摘に人知れずぎくりとしたのだが、多分、顔には出なかったはずだ。
ポーカーフェイスは僕の十八番である。
「根底からして、まるで違う気がするわ」
彼女がそっと囁く。
「休み時間に他の生徒に話しかけられて、ほんの少しだけ話したの。それでわかった。あの生徒達は八神君とは似ても似つかないし、同じ人間とは全く思えない。貴方から常に感じる力を、彼らには一切、感じなかったもの。貴方こそ、この世界の人間の上位種なんじゃない?」
……力? 今、力って言ったのか、この子。
「上位種って……亜矢の言い草じゃないんだから」
内心の動揺を一切顔に出さず、僕は肩をすくめた。
本当は、ある意味で吉岡の指摘は当たっているのかもしれない。ただし、吉岡本人が思うような、よい意味でのことじゃない。
かつて、僕を前にして堂々と「おまえは化け物だっ」と罵倒した、自称神父がいた。
その時は、「こいつ、悪魔映画の見過ぎじゃないのか」と思っただけだが、三年前から今までの自分の変わりようを振り返ると、「もしかしたら、あのインチキ神父は正しかったかもしれない」とふと思う時がある。必死に否定してはいるけど。
しかし……そう言えば亜矢が僕を自分の上位者だと断言したのは、まさにあの事件の直後のことだった。それ以前から、二年も同じクラスだったのに、一度も僕に上位者の話なんかしたことがない。
あれも、無関係じゃないって言うのか。
途中で沈黙したせいか、いつの間にか吉岡がテーブルに肘をついて、じっと僕を見つめていた。僕は咳払いして、さっさと本題に戻った。
「あー、それはそうと、吉岡の今後のためにも、ちょっと僕の実験に付き合ってほしい」




