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ご主人様みたいなものか?

 もちろん僕は、今にも倒れそうな顔色の亜矢を見上げて、「なんで僕にそんな頼みごとをするんだ?」と尋ねた。


 亜矢の身の上が複雑そうなのは察したけれど、ロクにしゃべったこともない僕にいきなり頼みごとをするなんて、おかしいだろ? 

 特に親が絡むなら、中坊の同級生よりまず他の身内とか、おおやけの機関とかを頼るべきだ。


 だから、当然の質問だよな。

 すると亜矢はこう言ったのさ。


「私は、登校してきた八神様(様付け!)を窓から見かけて、初めて気付いたんです。母じゃなく、八神様こそが、私の本当の上位者なんだと」


 上位者? その表現がよくわからなかったんでまた尋ねると、亜矢曰く「上位者とは、自分の人生の全ての指針となる人で、人生を導いてくれる人」のことらしい。


 断っておくけど、そんなの精神関連の用語にもない。

 依存性パーソナリティー障害って症状ならあるけど、亜矢の場合、そこに分類するのもはばかられるほど、一切のブレがないんだ。


 その時、「なんだそれ、ご主人様みたいなものか?」と僕はヤケクソで訊いたけど、「似ているけど、少し違います」と赤い顔で亜矢は答えた。


「私の人生は、全て八神様のためにあると気付いたんです。だから当然、私のことは、全て八神様が決める……そういうことです」


 ……説明を聞いても、その時はまだ、さっぱりわからなかった。


 まあでも、いかに歪んでいようが、亜矢本人にとっては重いきずなってことだろうと、それだけは理解した。

 なぜなら僕は、「じゃあ僕が死ねと言えば、桜井は死ぬのか?」と意地の悪いことを訊き返したら、当たり前のように「もちろんです」と即答したから。


 彼女は、「今そうすべきですか?」とまで僕に尋ねたほどだ。


 狂った気配もなく、表情は完全に正気だった……まあ、病気には違いないだろうけど。

 とりあえず、あれで冗談ごとじゃないとわかったな。

 さらにあいつは、こうも言ったよ。


「これまでは母が『あたしが、あんたの上位者なのよ!』と私に言い聞かせてきましたが、ずっと納得できず、どこか違和感がありました。母のために私が存在しているとは、全く思えなかったんです。そんな私の態度がいけなかったのか、これまで散々、母に鞭で打たれたり、お食事を抜かれたりしてきましたが、今ようやく、私の違和感の原因がはっきりしました。……八神様、貴方こそ、本当の私の上位者だったんです」


 一ヶ月前の僕なら、間違いなく「あ、そう……じゃ、そういうことで」とか答えて、そそくさと逃げたと断言できる。


 しかし、あの事件が起きた後の僕は、もう以前の僕とは全然違ってた。

 亜矢が大真面目なことだけは理解できたので、しばらく考えて、こう持ちかけたんだ。


「今の話を全て真に受けるわけにはいかないから、まずは僕自身で桜井の母親のことを調べる。その上で、桜井の言う通り、母親が我が子に虐待を繰り返していたとわかれば、ご要望通り、僕がなんとかしてやろう。ただし、一つだけ覚悟してもらう」


 僕はその時、亜矢の目をじっと覗き込んだ。



「……僕が問題を解決した時には、多分、その母親は綺麗さっぱり消えることになると思う。それでもいいのか?」



「それで構いません」


 亜矢は魅入られたような目つきで僕を見て、即答した。

 相変わらず、どこにも狂気の兆候は無かったな。


「母は、私に対して『自分はおまえの上位者である』と嘘をついて、長年私に、ひどいことをし続けたんです。だから、私の世界から消えてしまっても、私は全く気にしません」

「わかったよ、桜井亜矢」


 立ち上がった僕は、あの子の目を見て誓った。


「桜井の願いは、間違いなくこの僕が引き受けた」

 

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