冒険者ギルド
セリアとタインは冒険者ギルドを訪れていた。
事が事なので、タインは先触れを出していて、二人はそっと裏口から入った。
今は、応接室でギルドマスターと向き合って座っている。
「いやはや、今回は参りましたな」
何度見ても「冒険者」とは印象がつながらない、腹の出た巨体のギルドマスターが、顔から滲み出る汗を拭きながら、セリア達に苦い笑みを向けた。
「よりにもよって、貴族相手とは」
「マスター。検察官殿もお忙しいのです。余計な話は無用です」
褐色の肌に白銀短髪の、「冒険者」らしい女性が隣に座るギルドマスターの言葉をバッサリと切った。
「ジル、君ねぇ…」
「検察官殿。お持ち頂いた身分証をお見せ頂けますか」
タインも事を進めるに異議はなく、ハインツの身分証を出した。もちろん、ギルドマスターではなく、隣のギルド職員ジルにだ。
「確かに、冒険者ハインツの身分証ですね。では、照会して参ります。その間、こちらの資料をご覧になっていて下さい」
「ありがとうございます」
身分証の代わりに、受け取った資料は2部あった。セリアの分も用意してくれたらしい。
セリアはそれをタインから受け取り、ジルに感謝を示した。
「ハインツさんの担当ですから、これくらいの事は」
ジルは、ギルドマスターに向けていた冷ややかな眼差しを和らげ、身分証をもったまま席をたった。
それを視線で追っていると、ははっとギルドマスターが笑い声をたてた。
「おや。お嬢さんは、ジルが今どういった事をしているのか気になるかね」
やるべき事を見つけたとばかりにもの言いたげな表情をみせるマスターに、セリアは少し避けたい感じではあったものの、確かに気になるので頷いた。
「冒険者に限らず、様々な職種ギルドには、それぞれ身分証となる専用のタグプレートがあるんだがね」
何故か、嬉しそうに話始めるギルドマスター。
「外観で見えるのは、所属ギルドと職種、登録者の名前とそのランクなのは、知っているね?」
「はい」
「ギルドや要所にある専用道具が必要ではありけれど、その他にも色々情報を見ることができるのだよ。登録者の能力や賞罰、登録後に行った犯罪などね」
ギルドマスターはジルが出た扉に視線を向けた。
「ジルは、それを照会に行ったのだよ。あの身分証の持ち主が、今回の事件で本当に罪を犯していたならば、それが出るはずだ。………と、言うか……出てしまうんだろうね」
実に残念だ、と説明を始めた時とうって変わって、なんとも寂しそうな表情を浮かべた。
「ー彼は、とても評価の高い冒険者だったようですね」
そこへ、静かにタインの声が加わる。
セリアがギルドマスターと話をしている間に、ハインツの資料に目を通していたらしい。
些か焦って彼を見れば、まだ視線を資料に落としたまま言葉を続けた。
「彼がこの街で活動を始めたのは、3年前からですか。最初は魔物討伐依頼を主にこなしていたようですね」
セリアも、手元の資料に目を通す。
資料には、これまでの仕事内容とその評価が簡潔に綴られていた。この街での活動が3年ということで、それなりの枚数に渡っていたが、ざっと見るかぎり評価は概ね良い。
「優良登録者ですね」
そう思わず口にすれば、ギルドマスターは意を得たりとばかりに頷いた。
「採算が合わなくて忌避されるものや、塩漬けになりそうな依頼なども引き受けてくれたのだよ。元々C級に見合う依頼など殆どないこの街に居てくれて、本当にありがたい事であったのに」
「…なるほど。この街と領都や王都の間の護衛任務、新人憲兵隊員の指導などもやっているのですね。こういった評価の地道な積み上げで、今回の貴族の護衛依頼に繋がったのですか」
タインが聞けば、ギルドマスターは頷く。
「そうですな。件の貴族の護衛依頼も、今回が初めてではありません。最初はこちらからの推薦で。それで回数を重ねて、ようやくあちらからの指名依頼とまでに信頼を得たところだったのですよ。返すがえすも残念な事ですな」
「ー失礼します、戻りました」
ジルが手にプレートを持って部屋に戻ってきた。ハインツについて話を聞いたせいか、その表情は暗いように見える。
ジルはギルドマスターの隣に座った。
「照会して参りました。更新したところ、殺人と傷害の追加情報がございました」
ジルの報告に、はあぁとギルドマスターがため息をつく。
「これで、確定ですか」
「ーほぼ、確定ですね」
タインは、慎重に言い直す。ジルはそんなタインをじっと見つめて口を開いた。
「それで、検察官殿。他に、我々に出来る事はございますか」
「ーそうですね。用意してくださった記録3年前から。それ以前はどこにいたか、ギルドで追うことは可能ですか?」
「可能です。ただ、領都でしたらすぐ結果はお出しできましょうが、王都となりますとお時間がかかります」
「もちろん、ギルドマスターとしての権限をもって、早く結果がでるように働きかけはさせてもらいますよ」
ジルの説明にギルドマスターが付け加え、タインは頷いた。
「では、その件はお任せ致します。他には…セリア。あなたから何かありませんか?」
あえて、タインがセリアに質問を促しているのはわかる。
セリアは皆の視線が自分に集まってしまって焦り、少し落ち着きなくパサパサと書類をめくった。
ーああ、違う。書類を見るのではなくて。
手を止めて、セリアはジルに視線を向けた。
「あの。ジルさん。あなたがハインツの担当だと聞きましたが」
「はい」
「あなたから見て、彼はどういった人物だったのでしょうか」
初めて、ジルははっきりと表情を出した。なんの意図があるのか、しかもセリアのような小娘に聞かれるなどと、といったところか。
だけど、こんな表情など、これまでに何度も見てきた。逆に落ち着いて、セリアは説明する。
「ハインツは、殺人の罪を犯した。それは、ジルさんが照会して下さって、更に確定に近くなりました。けれど、裁くにはその罪だけを見る訳にはいきません。ハインツがどのような人物なのか、その罪に至るまでに何があったのか。最終的な判断を下す為に、情報を集めなければなりません…用意してくださった資料も勿論重要ですが、直接彼と接触した人の目というのも必要なのです。ですから、ジルさんの目から見たハインツを教えて下さい」
一時の沈黙が落ちる。
これは間違ってしまったかと思ったけれど、視界の端で、タインが優しい眼差しでゆっくりと頷いていたのて安心する。
「わかりました」
ジルは一旦瞼を閉じて、セリアを見る。その眼には、先程までの感情はなかったけれど、彼女自身の雰囲気は幾分か柔らかくなっていた。
「担当者から見て彼の評価は、非常に優良な登録者です。受注した依頼の達成率は10割。これは、彼が突出した能力を持っているのではなく、むしろ己の力量を知り、達成可能な依頼を受けているからです」
「あの、それは当然の事では?」
セリアの言葉に、ジルは小さく笑う。
「当然の事です。ですが、冒険者を生業にする者には、己の力量に自信をもち、長く続けば驕る部分も出てくるものです。それは当たり前の事ですし、対する私共もそれを想定した上で、彼らに見合った依頼を勧めています。しかし、彼にはそれが見られなかった。大変珍しい事ですし、素晴らしい事でした。……しかし、敢えて彼に不満を思う部分といえば、彼自身の評価が過小であるように思えたところでしょうか」
「それは、随分と……控えめな方だったということでしょうか」
「というより、私を含めて、周囲の彼に対する評価は良ではありましたが、それを彼自身は良しとはしたくないような……、いえ、彼が自分に厳しくあろうとしていたのかもしれません」
セリアには、ジルの言いたい事がよくわからなかった。
それに気づいたジルは困ったような笑顔を浮かべる。
「申し訳ありません、調査官殿。自分でもどう言って良いやらわからないまま口にのせてしまいました。どうか、お忘れ下さい」
タインを伺うように視線を向けてしまったセリアは、はっと姿勢を正す。
「いいえ、こちらこそ。私が伺いたいと言ったのですから。確かに、ジルさんがおっしゃった事は、今は私の理解が及びませんでしたが、いずれ……そう、調査が進む過程で何らかのきっかけになるかも知れない。ですから、このまま預からせて下さい」
セリアがそうジルへと返したところで、その場が一旦落ち着いた。
「ーさて。この場でお聞きする事は、これ以上今はありませんね」
タインは、手元の書類を整理し始める。セリアも慌ててそれにならった。
「そちらに、被疑者の情報が入れば、また何点か確認させて頂く事もあるでしょう。その際も、ご協力願います」
退去を示すようにタインが立ち上がると、セリアもギルドマスターらも立ち上がった。
「もちろん。協力致します」
ギルドマスターはそう応え、タインと握手をする。その中で、セリアはジルと互いに黙礼を交わした。