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昼食と検分と幼なじみ



皆考える事は同じらしい。


文官専用宿舎内の食堂は、出勤先から一時戻って来た者が多く、それなりに賑やかだ。

午後も仕事がそれなりにあるとなると、今日は何にしようかと外の食堂を選ぶ手間さえ惜しくなる。

ここならば、メニューも味も値段もそこそこ、勝手知ったるなんとやらで、ハズレはないこともわかっている。


そんな食堂の中で、セリアもタインと向かい合って食事をとりながら、静かに…………叱られている。


「万が一、というのがあるのですよ」


理由は、忠告を無視してハインツに触れた事だ。


「容疑者と言えど軽率には扱うなとは言いましたが、あなたは検察官です。安易な慈悲はなりません。適度な距離を取りなさい」

「はい」


ハインツと二人きりになっていた時間は、結果的にそれほど長くはなかったが、医師と代わりの兵士と共に部屋に戻って来たタインの目は驚きに見開き、すっと冷ややかになった。

だが、そこで何かを言うわけではなく、セリアが押しあてている手巾の下の怪我を知ると、医師に見せてから慎重にハインツを運び出すように手続きをしていた。

その後は応対室に戻り、担当者とタインとセリアの記録を照らし合わせて、聴取報告書としてまとめて互いに共有する作業をこなしてから、詰所を後にしたのだった。


だからと言ってお咎めがないわけではない。

身内に叱責するところを、身内以外のいるところでするわけにはいかないからだ。ましてや、こちらが訪問している立場の場所で。


セリアは、はむっとシチューの中の肉を口にいれる。

…なんだか、美味しさが減っている気がする。

お説教がスパイスになっているのだから、それは致し方ないとわかっているのだが。


「……あなたなら、もう繰り返さないと信じていますよ。それで、午後ですが、流れはわかりますか」


のろのろと暗い顔をして、匙を口に運ぶセリアを見て、説教はやめることにしたらしい。タインはいつもの声と表情に戻した。


「はい。この後は検察部に戻って、上司に聴取報告書の提出です」

「そうです。報告書は先程まとめたものでよいでしょう。それから、憲兵隊から容疑者の所持品が検察部に届いているでしょうから、検分しましょう」

「はい。…あの、タインさん。怪我をされた被害者の方には事情を聞かないのですか」


タインも口に運んでいた匙を止める。


「その件ですが、詰所で少し話を聞きました。彼は手当てを受けて、レキシナ邸に戻ったとの事です。そうなると、少々手続きが必要になりましてね」

「手続きですか」

「ええ。貴族のお屋敷ですから。本人が貴族でなくとも、あちらの保護下に入った以上、こちらの都合でというわけにはいかないのです。おそらく、あの屋敷の執事殿と調整をしないといけないでしょうね」

「そのようなものですか。……ですが、この町は貴族と無縁だったとおっしゃっていましたけれど、タインさんはまるで慣れているかのように色々進めていらっしゃいますよね。流石です」


貴族という身分に対して、配慮が必要なのはわかっている。だが、実際に事案が発生したら、本や周りから学んだ事だけで充分対応できるか不安が残るだろう。経験がないのだから。

それなのに、タインは当たり前のように淡々と予定を組んでいる。


「領都で研修した時期に、少し勉強していただけですよ。それに、一応、あなたの先輩ですから、これくらいは出来ませんとね」


タインは微笑み、さて食事をしてしまいましょう、と結んだ。







検察部に戻ると、早速、ケネス上級検察官が二人を呼んだ。

事前に話した通り、憲兵隊の詰所でまとめた報告書を提出すると、一瞥して頷いたケネスはタインに視線を向けた。


「タイン。レキシナ家への調査について、少し話をしようか」

「畏まりました。…セリア。あなたは、容疑者の所持品の検分を始めて下さい。注意点はわかりますね」

「はい」


二人が打ち合わせで話始めたのを見て、セリアはその場所を離れる。

部屋にいた他の先輩検察官に、詰所からの荷物が届いているか訪ねると、届けた兵士が別室ですでに待っているというので急いで向かった。


「お待たせ致しましたー」

「あれ、セリア?」


そして駆け込んだ部屋の中で、憲兵隊の男から聞こえた声には聞き覚えがあった。


「え?オルト?」

「よう」


赤茶色の髪に少し色黒の肌。八重歯を見せて笑う姿は、幼い頃から変わらない幼なじみの姿。

やんちゃな彼は、武器を振るう事に才能を見せ、本人の希望もあって、2年前に憲兵隊に入っていた。


「オルトが所持品を持って来てくれたの?」

「ああ。まさか、セリアが担当だったなんてな」

「担当はタインさんよ。まだ、一人で任せてもらえるだけの事はしていないのだから」

「なんだ、そうか」


それ以上何を言うこともなく、オルトは抱えていた大きい布袋と剣をテーブルの上に置いた。


「ハインツさんの所持品。確かめてくれ」


そして、1枚の紙を差し出した。


「……では、確認させていただきます」


所持品リストを受け取り机の上に置いたあと、袋から物を取り出し始める。武器は後だ。


まずは衣類。

生成りのシャツに黒のスラックスを上下に並べる。

その横に皮鎧、革製で金属補強された籠手、剣帯、靴の順番に並べる。


そのほとんどが血で汚れていて、乾いて赤黒く変色していたが、装備品の方がその割合が多い。きちんと装備して現場にいたのだろう。


そして、袋に残るのは僅かな装飾品と小物入れ。

何かを付与された魔石を嵌め込まれた腕輪と赤と青の組紐、身分を示す「冒険者の証」プレートは専用の鎖を通してネックレスになっている。

小物入れの中には、幾ばくかの薬草と干し肉にロープ。


「書類の通りね。確認したわ」


オルトがくれた所持品リストとの違いはないと確認して、セリアは改めてプレートを手に取った。

プレートは鉄製。刻まれた情報を見なくても、ハインツの冒険者レベルはわかるが、一応確認する。


ハインツ、剣士、C級。


「ねえ、オルト。冒険者でC級と言ったら、実力者として名前を知られているくらいよね」

「そうだな」

「門外漢で悪いのだけど、それにしては装備が…なんというか……質素よね」


オルトはセリアの言いように、くくっと笑った。


「お前。冒険者にどんな印象持ってるんだよ。まあ、確かにC級にしては、安い装備だけどさ。ただ、依頼のせいじゃねーの?」

「依頼のせい?」

「ハインツさん。貴族さまの護衛の依頼だったんだろ。しかも、屋敷にほとんど引きこもりの。だったら、そこまでしっかりとした装備じゃ、逆に邪魔になるんじゃねーかな」

「…なるほど」


そういうこともあるのか。

セリアは疑問が解消されて、ふむと頷き、最後に残った剣を持ち上げようとした。

と…重い…。


慣れぬ重さに剣を持つ手が揺れると、いつの間にか隣に近寄っていたオルトが取り上げてしまった。


「抜けばいいのか?」


頷けば、すらりと抜いて見せた。そして抜き身のまま、他の所持品と同じようにセリアの前に並べてくれる。


「気を付けろよ」


また頷いて、剣に顔を寄せてみる。

質素な設えの両刃の片手剣もまた、まだ血の痕跡は残されたまま。この剣で被害者は切られたとほぼ確定されるだろう。


「なあ、セリア」


タインが来るまでに出来る事はこれくらいか、と身を起こせば、真剣な顔でオルトが声をかけてくる。


「なあ、やっぱり、ハインツさんがやっちまったって事で間違いないんだよな」

「…目撃者も所持品も、彼がそうだと言っているわ」


オルトは悔しそうな悲しそうな表情で、セリアから視線をそらす。

そう言えば、先程からオルトには違和感があった。


「オルト。あなた、ハインツさんと言っていたわね。彼を知っていたの?」

「まあな」

「それって、どういう…」


コンコン、コンコン。


「失礼しますよ。担当のタインです。お待たせ致しましたね、セリア。…ああ、あなたも、ご苦労様でしたね」


タインが入室して、オルトが瞬時に仕事の顔に戻り、セリアは話を聞くの断念せざる得なかった。

タインがオルトと挨拶を交わし、セリアが確認した書類に目を通している間、ちらりと視線を向ける。

オルトもこれ以上話さないなどというつもりはなかったのだろう。口の動きだけで、「あ、と、で、な」と言い、セリアは頷いた。


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