表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

恋に落ちた日

「事件の概要」は第一話と一緒にしました。

こちらは「新」2話です。

憲兵隊詰所は石造りの建物なので、全体的に質素だ。

タインと付いて入った聴取室も、基本は変わらない。

ただ、逃げられぬよう 、窓は小さく鉄格子が嵌められ、扉も容易く蹴破られないように重たい金属で出来ていた。


キイ……バタン。


灯りが揺れる。

音をたてて閉まる扉を背に、セリアは部屋の中央を見る。

両サイドに見張りの隊員を従えて、男が椅子の背もたれに両手を縛られながらうつ向いて座っていた。


「奴がハインツです」


案内した担当者が説明すると、タインは頷いた。

男と対面になるよう、一定の距離を置いて置かれた椅子に彼は座り、セリアはその後ろに立って紙と筆記用具を準備する。


タインも己の膝に紙と筆記用具を用意し始める。

その間、セリアは容疑者の男を観察した。


拘束時、全身が血まみれであったとの事だが、流石に身を清められ生成りの服に改めさせられていた。

体はさほど大きいわけではないが、隣に立つ兵士と同じくらいの鍛えられた体をしている。

肩で切られた袖から伸びる腕は、筋肉質でたくましい。


…ううん、兵士より、勇ましい感じがする。冒険者だからかな。


そんなハインツは、項垂れたままだ。

長髪ではないが、伸びっぱなしの髪は水を含んで垂れている。少し畝っているのは、生来の髪質なのかもしれない。

その前髪の間から見えるのは閉じられた瞳。

表情までは見えないから、彼が今、何を思っているのかはわからなかった。


「ーそれでは容疑者ハインツへの聴取を始めます」


意識を切り替えた。

セリアと壁際に控えた憲兵隊の担当者はタインの声を合図に、さらさらと書き始める。


早夏の月、7日、午前。容疑者聴取、第1回、と。


「この事案を担当する検察官は私。名をタインと申します。今、この場にいる者は名乗りを上げなさい」


セリアが検察官側として名乗りを上げれば、憲兵隊側も名乗ったので、それも書き記していく。


「……ハインツ。今回は先ほど名乗りをあげた者が立ち会い、聴取致します」


タインは規定に則った宣言をしたが、ハインツは反応しない。

セリアは、見習いが外れてから様々な聴取の現場に立ち合っている。容疑者の反応は様々で、ハインツがこのような態度でも気にはしなかった。

もちろん、先輩タインも同じ。淡々と言葉を紡ぐ。


「…本日は初回ですから、事実の確認のみ行います。本日早朝…」


タインは事件の概要を説明していく。

セリアは「タイン検察官、事件概要を説明」と書き記した。


「…現場には、被害者の他にはあなたしかいませんでした。発見時にあなたが剣を抜いていたこと、その剣や体には被害者のと思われる血が大量についていたこと、駆けつけた憲兵隊の拘束に抗議しなかったこと。これらが主な理由として、あなたを容疑者としています。……何か、言いたいことはありますか」

「………………」

「あの現場で、何が起こったのか、お話できませんか」

「………………」

「族が侵入した、ということはないのですか」

「………………」

「…あなたが、被害者に手をかけた、ということで良いのですか」

「………………」


タインはそれからも質問を投げ掛けるが、ハインツはぴくりとも反応しない。

さてどう攻め込んでやろうか、とばかりにタインが、頬に手をあて少し首をかしげた。

セリアはその仕草を知っていたので動かなかったが、知らぬ兵士は違う意味にとらえて反応してしまった。


「この…っ!検察官殿に、お答えせぬかっ!」


隣に立つ兵士の一人が乱暴にハインツの髪をつかんで引き、露になった顔に拳を叩き込んだ。


タインは思わず腰を浮かし、セリアが息を飲んだその前で、派手な音を立ててハインツは椅子ごと床に倒れた。


「なんてことを…っ!」

「おい!何をしている!」


慌ててもう一人の兵士が暴力を振るった兵士を取り押さえ、担当者がハインツに駆け寄る。


「あっ!頭を打っているかもしれません。急に起こしてはなりませんよ」


拘束を解くわけにはいかないのか、椅子ごと起こそうとした担当者を、タインは止めた。


「…申し訳ございません、我が隊の者が」


結局、ハインツをそのままにして、タインに向き合った担当者が詫びる。


「いえ。彼は彼なりに、私どもを気遣ってくださったのでしょう。しかし、暴力はなりませんよ」

「は。…おい、お前たちは外に出ろ。代わりの者を連れてこい」


もう、暴れる意思は見せてはいないが、件の兵士は大人しく同僚に抑えられたまま、二人そろって部屋を出ていく。


「いえ。今回は、これで終わりにしましょう」

「よろしいのですか」

「ええ。彼を見ても、これ以上はなにも望めぬでしょう。それでですが…」


タインは少し考える風に一瞬視線を下げた。


「代わりの方が来られるまでは離れられませんね。しかし、ここでは……。廊下に出ましょう。」


聴取室の扉を全開にし、担当者を促してから、タインはセリアを見た。


「セリア。あなたはここで彼を見ていなさい。我々は外で少し話をしますが、様子がわかるように扉は開けて起きますよ。今更暴れるとは思いませんが、安易に近づいてはなりませんよ」

「はい」


タイン達が部屋出たのを見て、セリアは紙と筆記用具を持ち運びしやすいようにまとめる。

ぼそぼそと部屋の外から二人の声が聞こえるが、内容ははっきりと聞こえない。

気にしても仕方ないので、言われた通り、ハインツを見張るべく向き合った。


変な感じだった。

部屋の中には、自分と男の二人きり。

たが、男は椅子に拘束されたまま倒れている。

しかも、なすがままにといった風に身を横たえ、ぴくりとも動かない。


流石に大丈夫かと不安になって、ちょっとだけ近づいて、ようやく露になった男の顔をうかがい見る。


無精髭に覆われた、日に焼けた肌の男は、やはり目を閉じていたが、よくよく見れば、唇がほんの少し開いて呼吸をしているようだった。胸も上下に動いていて、生きてはいるようだと、セリアは安心する。


しかし、どうしてここまで反応を見せないのか。


じっと男の顔を見ていると、兵士に殴られた側のこめかみから目元へと、じわりじわりと血が垂れていくのに気づいた。


「!」


見張りの兵士は革製ではあったが籠手を身に付けていた。何らかの理由で、傷を付けてしまったのかもしれない。


セリアは思わず懐から手巾を取り出して、男に近づいた。


男の顔を覆う髪をかき揚げ、血がにじむ傷口付近に手巾を押しあててから、タインの忠告を思い出してヒヤリとしたが、男が無反応のままであったから無視する事にした。


「………………」

「………大丈夫ですか」


少し調子に乗って、声をかけてみた。

もちろん、男は反応を返さない。


「あなたはまだ、容疑者です。先程は手荒な事をして申し訳ありませんでした」


ナイハチムの町は、比較的穏やかな町だ。

セリアはタインから、容疑者であれど、罪が確定するまでは軽率な扱いをしてはならないと教わっている。

他の町では、そうはいかないこともあろうが、今のところ、それは出来ている。


「もう、終わりですよ」


途端、ぴくりと男は反応を見せた。

セリアは驚いて、男の顔の前の床にもう片方の手をつき、顔を寄せた。

ゆっくりと開かれる男の瞳。美しい青色をしていたが、なにも写していないようだった。


「………終わり?」


初めて聞く男の声。

随分と口を閉ざしていたせいか、かすれぎみだったそそれは、何故かセレスの心をぞくりと震わせた。


そう、今日はもう終わり。

手荒な扱いをしてしまった彼を、医師にみせて休めるよう、タインは手配するだろう。


ざわついた心に気づかぬふりをして、男の問いに答える。


「……ええ。もう、終わりです。だから、この後は、ゆっくりと休んでください」

「……いいのか」

「はい。休んでいいですよ」


どこかうつろだった男の瞳に意志が宿る。

そして、セレスの目と視線がひたりと当たった。


「わかった」


そう言うと、床についたセリアの手に、まるで子供のように男は頭をすりつけてきた。

驚いて凝視したまま固まるセリアから見えるのは、男の口元だけ。

ほんの少しの時を置いて、すりつけられた手に水を感じた。


ー涙?


途端、男の口がほんのりと笑った。


そしてその瞬間、気づかぬ内に、何かに心を掴まれていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=28132328&si
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ