俺の親友がジジイ神のワガママで♂♀にされたからぶっ飛ばしに行ってくる
夏祭りにいこうよ!
「俺の親友がジジイ神のワガママで♂♀にされたからぶっ飛ばしに行ってくる」の番外編です。
ほぼただのデートなので、本編を読まなくても多分通じるかと思います。
「おーい、アルマ。まだ拗ねてんのか?」
「……」
オリーヴァの街に滞在して、既に何日になることか。
神殿での用事を済ませて街に戻ってきたラフィンはその日、プリムが持ってきた話に誘われるままあれよあれよと支度をして、現在に至る。
今日から三日間、オリーヴァの街で夏祭りが開催されるらしい。アルマやプリムのはしゃぎようといったらなかった。
祭りといえば浴衣!
と、プリムに言われるまま用意をして、あとは出掛けるだけという状態なのだが――当のアルマが不貞腐れたまま部屋から出てこようとしない。プリムやデュークは気付かずに先に出てしまった後だ。
ラフィンは部屋の扉を軽く叩きながら、室内にいるだろうアルマに扉越しに声を掛けた。
しかし、中からの返答はない。まだベッドで布団を頭からかぶって拗ねているのだろう。そこまで考えるとラフィンは小さく溜息を吐いて、静かに扉を押し開けた。
「祭り行くんだろ?」
「……行かない」
「浴衣まで買ったのに?」
「僕、女の子じゃないもん」
アルマが拗ねている理由は、それだ。
プリムの――つまり女の子用の浴衣を見に行った時、事情を知らない店員がプリムのものだけでなく、アルマのものも女性用を用意してしまったのである。ちなみに、その時も今もアルマは少女の姿だ。そのため、店員が悪い訳ではない。
けれども、アルマはジジイ神の所為で性別が入れ替わるという奇天烈な体質になってしまっているだけで、本来は少年なのだ。女の子用の浴衣を店員に着せられて、わりと大きめのショックを受けたのだろう。
ラフィンは可愛らしい浴衣に身を包んだままのアルマに歩み寄ると、真横からその不貞腐れた顔を覗き込む。
「なぁ、行こうぜ。プリムもデュークも先に行っちまったぞ」
「だって」
「別にいいじゃねーか、似合ってんだから」
ラフィンがそう言葉を向けると、数拍の後にアルマの蒼い双眸がちらりと彼の方に向く。元が少年なのだから「似合っている」という表現は更にプライドを刺激するものだろうが、それでも大好きなラフィンに言われるのは別らしい。
「本当?」と言いたげな視線に、ラフィンは緩く口元に笑みを浮かべて小さく頷いてみせた。
「祭りに行って楽しめば細かいことなんて忘れちまうって」
「そ、そうかな……」
「そうだよ。な、色々買ってやるから」
お祭りの屋台には色々なものが売っているだろう。屋台に惹かれたのか、それともラフィンのお誘いだからか。
どちらなのかは定かではないが、アルマは数度瞬きを繰り返した末にようやく笑顔を浮かべてしっかりと頷いた。
* * *
そして現在のアルマはといえば、右手にわたあめの包み、左手にブドウあめを持ってご機嫌だ。右手首にはヤキトリや焼きそばが入ったビニール袋もぶら下げていた。一体どれだけ食べるのか。
今はぶどうあめに夢中らしい、可愛らしい風貌にはやや不釣り合いにがりがりと歯であめ部分をかじっている。当たり前だ、どれだけ可愛らしくとも中身は少年なのだから。
辺りを行き交う人々とぶつからないように気を付けながら、順調に防御壁――つまりあめ部分を削っている。
「うまいか?」
「うん!」
ラフィンはそんな親友の隣を歩きながら一声かける。するとアルマはほんのりと頬を赤らめて頷いた。機嫌はもうすっかり直ったようだ。
そこでラフィンはそっと小さく安堵を洩らして、改めて横目に彼の――否、今は彼女の姿を窺う。
アルマが身に纏っているのは、白地の浴衣だ。青や紫のナデシコが描かれたそれは、どこか純朴な印象を与えてくる。帯は澄んだ空を思わせるような深い青。アルマにはよく似合う。
癖のない茶の髪に鎮座するのは、真っ白いダリアの髪飾り。右耳の上で花を咲かせるそれは、彼女の可愛らしさを引き立たせていた。
「(ほんと、可愛いんだよなコイツ……)」
少女になるのは今だけで、ジジイ神を絞め上げればアルマは恐らく少年に戻れる。だから変な目で見てはいけない。アルマは元々少年で、ラフィンの親友なのだから。
そして当のアルマはといえば、隣を歩くラフィンを――こちらもちらりと横目で見遣る。依然としてがりがりと、あめをかじりながら。
「(ラフィンはなにを着てもカッコイイなぁ)」
アルマが浴衣を着ているということは、当然ラフィンも浴衣だ。彼の身を包んでいるのは黒地にかすれ縞柄の至ってシンプルなもの。ラフィンの鮮やかな色をした金髪に、黒はとても映える。
アルマは暫しそんな彼の横顔を窺っていたが、片腕に提げる袋にわたあめの包みを入れてから左手に持ち直すと、空いた片手は恐る恐るといった様子で隣を歩くラフィンの手に絡ませた。
当然、手に触れた感触と熱にラフィンが気付かないはずもなく――ラフィンは驚いたように目を丸くさせて足を止めると、顔を伏せるアルマを見下ろす。
気恥ずかしいのか、先程とは異なりちびちびとあめをかじる様は非常に可愛らしかった。
「……」
ラフィンはそんな親友の様子を暫し観察していたのだが、やがて歩みを再開させると共にその手を逆手で外させる。
やんわりと外された手にアルマは一度こそ眉尻を下げてしょんぼりとしたのだが、それも一瞬のこと。
外された手は――手ではなく、ラフィンの腕に回すように導かれた。つまり、手を繋ぐのではなく腕を組めということだ。
アルマは目をまん丸くさせて、言葉もなくラフィンを見上げる。けれども、今度は彼の視線がアルマの方を向いていなかった。ただただまっすぐに進行方向を見つめている。
しかし、その頬が赤いところを見れば単純に照れているだけなのだとは容易に窺い知れた。
「えへへへ」
「……なんだよ」
「なんでもないよ」
出掛ける前の不機嫌さもどこへやら、アルマはすっかり上機嫌だ。花でもまき散らしそうなほどに。嬉しそうに、こちらもほんのりと頬に朱を募らせて。
ラフィンは改めてそんな親友を横目で見遣り、ふっと薄く笑った。困ったような、けれどやはり嬉しそうに。
アルマは確かに元は少年だ。彼の奇天烈な体質が戻った時のため、このような触れ合いは極力避けるべきだというのは分かっている。
けれども、好意的に見ている可愛らしい少女に甘えられて突き放すなど出来るはずもない。今だけでいいから、もう少しだけこうしていたいとラフィンはそう思った。
この現場を数分後プリムとデュークに目撃されて、これでもかというほどに揶揄されるのは――また別の話。