魔王の冷たい終わり
魔王。それはこの世界に唯一にして最強の存在。
日本とは違ったこのファンタジーな世界で、最も恐るべき存在。
魔族や魔物を統べる王にして、無敵と言わしめた存在。
その存在は理不尽で、とても悲しい存在だった。
それを知ったのは、ほんの数時間前の事。
なんてことはない。私が部屋で勉強をしていると、突然光に包まれたら、目前に全身真っ黒なローブのようなものを纏っている人がいて、素顔を隠すように赤い能面のような仮面をつけてこっちを見ているのだ。
誘拐されたと思って慌ててたら、その人に自分が魔王だって言われたんだ。
なんか色々説明されたけど、ぶっちゃけ理解できないし、魔王って何さ。魔王ってさ。
不安に押しつぶされそうになりながら、家に帰してと叫びまわっていたらその魔王がいきなり凶変して襲ってきた。それも今まで来ていたダボダボの衣服を筋肉で吹き飛ばして全裸で。
そう、全裸で、だ。
こっちも必死になって逃げ回ると、追い付かれて服を千切られて、ただ怖くてたまらなくて、たまたま近くにあった長いもので彼を遠ざけようと押し込むと、ズブリと剣で彼を突き刺してしまった。
まだその感触を私は覚えている。
それから、また光に包まれたら、彼らの記憶が入ってきて、魔王がどんな存在か理解して……私は次の魔王となってしまった。
これによって、私の人としての存在は消えて、新たな魔王として私は姿は変わらずとも、違うモノへと変わり果ててしまった。
そしてそれが継承っていうこと。その継承で、今までの歴代の魔王の記憶が入り込んで、私はそれが自分にも降りかかると理解して途方に暮れた。
そして、その数時間後にこんな状態なわけだ。
「魔王陛下! 我ら魔族は陛下と共に!」
羽や角を生やした人ではないモノたちが、ギラリとこちらを睨み付ける。
ぞくりとした感情と、深い深い冷たい感情が芽生えて、
そう宣誓した魔族をただ冷たく睨み付けていた。
まるで、私ではないような感覚。
自分を客観視と言えば聞こえはいいが、ほとんど自分の感覚で動けないような拘束感。
ただ、ただ不快。
嫌だめんどくさい。私は家に帰りたい。
平和な日本で、かなちゃんがいて、だいちゃんがいて、
暇だよねーとか、好きな人できたのかーとか、そんな温かみのある世界に戻りたい。
ああ、そうか。
こっちの世界に魔王が呼び出せたなら、帰りたいならその知識がいる。知恵がいる。
魔法のあるこの世界で、召喚された私を元の世界に返せばいいんだ。
じゃあ、私がするべきことは。
「ならば、お前らは本を集めよ」
自分で発した言葉なのに、ドキリとした。まるで自分ではないような、深く強い言葉だった。
ただ、お手伝いを頼もうと「できるなら、本を集めてもらえませんか?」と言おうと思っても、魔王の言葉へと強制的に変換されて変わり果ててしまう。
さらに動作もしぐさも……まるでそうあるべきだと操作されているような……。
「本でございますか? しかしなぜそのような」
宣誓していたモノが否定したような発言した瞬間、
私は自分の右手をそのモノの頭に乗せていた。
ふわりと私の腰まで伸ばしていた長い髪が、視界に入るほど浮かび上がった後、宣誓したモノはピクリとも動かすことなく、コチラをおびえたように凝視していた。
「なぜ? お前はそれを聞くの?」
なぜ、魔族である貴様らが魔王である私に意見できる?
「しかし、理解ができませぬ。それではなにも、せごがががあああああ」
宣誓したモノの頭に力をのせると、その頭は砕け散る。
頭を失った体はびくびくと痙攣し、足から崩れ落ちるように生命感なく倒れこむ。
そしてその残ったモノは光の粒子となり消えていく。
ご丁寧なことに、床に血のシミ一滴すら残されていない。
「愚図が。
お前らも、ごちゃごちゃ抜かす暇があるなら本を持ってこい。
ただし人を殺すな。面倒事で私の手を煩わせるな」
ほんっとめんどくさい。
あるのは邪魔者を消した。それだけだ。なのに、魔族の人たちはコチラをおびえたように見入り、固まっている。ほんっとに愚図だね。
だが、私の中の雪が残っていたのかな?
なんで人間ごとき劣悪なモノをなぜ養護する必要がある?
ああ、そうか。
人を殺し続けては強き勇者が現れかねんからな。そう思うと自分の行動に納得がいった。
固まっていた魔族たちは再起動し始めると、直ちにという言葉のみを残して、足早にこの城を後にする。
それを見送ると、ドカリと私の何百倍もある玉座に座り込み、頬杖を立てる。
ぐっと胃にこみあげてくるモノを飲み込んで、近場の水差しから直接水を飲み込む。ふぅっと息を吐く。
強制的に魔王として就任させられ、私はただただ不満だった。
人間として、日本としての私は消えたと思うほど、魔族や魔物と対峙していると無性に苛立つ。
それもこれも、あの忌々しい邪神のせいだ。
歴代の魔王の記憶を強制的に継承させられて、私は理解できた。
魔王を殺すことのできた存在が魔王と変わり果てるという。この世界の邪神が生み出した残酷なシステム。
そう、つまりは魔王は勇者の成れの果てであり、私が殺したあの魔王は元人間の勇者。
そして、そういった勇者はこの世界ではないどこかの世界の人間。
彼は魔法で発展した、魔法世界とでもいうべき世界から呼び出された勇者で、
すべての魔法に通じる賢者とまで謳われた人物だったらしい。
地球の日本でも歴代魔王は当然存在していて、神隠しにあった存在の大半がこの世界で魔王として死を迎えていることをなんとなく理解した。
そして、何度でもいうが、このシステムは邪神と呼ばれた神様が生み出したものだ。
言い分には、争わないように共通の敵を延々と生み出す画期的なシステム。とのこと。
マジでくそくらえだ。一発ぶん殴ってやらないといけない。
当事者の気持ちになって考えろ! ほんっとマジで。
話がそれたから、戻すとして、
魔王として死を迎えることはこの世界の魂として、私以外は必然であると継承の際に理解してしまったらしい。
例えば、先代魔王の記憶がそうだ。
日本などの異世界へと神に転生とたぶらかされた哀れな魂が勇者だ。
彼は魔法世界と呼ばれた中でも最強の賢者で、ただ延々とその力を求められて疲れ果てていたところを邪神によってこの世界に勇者として導かれたらしい。
それを行った後は、人々から彼の記憶を消してのんびり隠居すればいいと言葉を残して。
そして、邪神はその言葉を叶えた。勇者としての彼の記憶を消して、魔王とすることで。
継承されたとき、彼はこの世界で前世の記憶にも勇者と魔王をしていることを理解してしまったらしい。
かつての自分の記憶を見て、深く深く絶望したどす黒い殺意のようなものが、私にもしこりのように残っている。
今までの勇者と魔王は私と違い、元々はこの世界の住民で、神との契約でこの世界に勇者として戻されることが確定していた魂であるらしい。
だけど、このままでは勇者と魔王を永遠に継ぎ続けると考えた先代魔王は勇者となる筈のない存在を別途自分で用意し、邪神と交友を持つ前の魂ならば継承されないのではないかと、一縷の望み託して、芯の強い女の子という雑な条件を組んで異世界に召喚術式を発動した。
そこで何度目かで呼ばれた私は彼の思惑通り刺し殺した。
正直、あそこにおいてあった剣は、彼が作った自分を殺すことのみに特化させた聖剣だったそうだ。
正直気も動転していたし、刺殺した後は自己弁護に走ったけどさ。
あの恐怖を理解できるだろうか?
もし、理解できないのなら、同じ状況になってみればいい。
いきなり、優しそうなおじいさんが、衣服を筋肉で吹き飛ばして全裸で襲い掛かってくるなんておぞましい光景をね。
貞操の危機より、命の危機を先に感じたわ。
彼の狙い通りってのが凄く釈然としないし、あわよくば若い女の子をって記憶が継承されているから無性に腹が立つ。
そもそも、うまくいってないしさ。この性賢者が。
「はぁ」
気づいたらため息が出ていた。
自分の事ながら、少し動揺しすぎている。おちつけ私。
どうせ私は既に魔王だ。どう足掻こうともその運命から逃れるには死以外にはないのだ。
理解はしていたけど、どうしても一目でいいから友人に別れを言いたいし、親には言葉くらいは残したい。できるなら、元の世界に戻りたいという欲求は消えない。
そのためには、この世界にある召喚術式について調べなくてはいけないのも理解できてる。
記憶が残っていても魔法なんて使ったことのない私が、魔法を探知できるわけもなく。独学では無理と数時間前に諦めたばかりなのだ。
なら、人里に隠れて調べ物でもと考えていたが、私が人の前に出ることはできない。
魔王になった私には殺人衝動というべきモノが常時起こってしまう。
これが一番厄介で、邪神が作った最悪の法則。
魔王が人を殺すため、世界の悪役として、悲劇の存在として設された法則だ。すべてはイカれた糞邪神が共通の敵を生み出すだけの法則を生み出した結果だ。
それを魔王継承の際に、先代の魔王たちの記憶も継承されるので理解でき、外に出るということをきっぱり諦めた。
思考がただ殺したいという言葉だけで埋まり続けて、真っ白になるような感覚は継承でも辛かったしもう味わいたくはない。もし、この殺人衝動がどうしようもないなら、手紙だけ日本においてこようと思うくらいなんだから。
だから魔族や魔物を使って円滑かつ迅速に本を集めさせ、魔導書の類いを手に入れようというむくろみだ。魔族や魔物では魔法関係の書物だって理解できないかもしれないし、今までの魔王も、すべて勇者だったから魔物を使ったことは人間を殺すことを禁じるって言葉くらいしかなかったらしい。
ああ、ほんっと忌々しい。
「魔王陛下。本にございます」
「ごくろう」
それから数分経って、私の前に魔族の少年? が帰ってきた。
両手には抱えきれないほどの本を持ってきており、ありがとうと言おうとしたが、魔王継承で言葉が変換されるように、ごくろうと言葉を漏らす。
もう仕方がないと、意識をさっさと本へと移す。
ああ、これはポエムだね。必要ないわ。
ぽいっとポエム帳を玉座の後ろに投げ捨てる。
次は……英雄譚か。もしかしたら名称くらいは乗っているかもしれないし、保留として玉座の横に置く。
今度は、ちょ!?
は、破廉恥な!
「へ、陛下?」
慌てる魔物だが、私に気にする必要はない。というか貴様が持ってきた本は随分と変な本ばかりだな?
「他の本は?」
「へ? は、はい! すぐ探して参ります!」
次の本を促すと、魔族の少年? は他には持ってきていないようで、慌てて私の前から走り去ったのを確認して、はぁとため息をついた。
「無能どもめ」
使えない。そう思ったら、このような言葉を吐き捨てていて、さらに気分が滅入る。
早く魔導書が見つからないかな?
魔族たちが居なくなって、一瞬変わった怖い思考にさらに深く深く溜息を吐いた。
それから、さらに時は流れた。
今は何日目だろう? 多分2~3ヶ月くらいだと思う。
私は座っているのもダレて玉座の上に寝転がりながら、本を読み玉座の後ろに投げ捨てる。
「ゴミ」
吐き捨てるよう言いながらも、次々と魔物や魔族たちは本を集めていく。
集められた本は置くスペースを作り、そこをほかの魔族に束にして持たせているという寸法だ。
多岐に渡って集められた本は、日記から専門魔法を図解した学問書でようやく目的の本が見つかった。
などという事はなかった。
中間がすっぽり抜けているのだ。
魔法を使うための魔力の運用方法は一切、記されていないのだ。
それらは検分し、後ろと横に振り分けている。
すこしずつ頭がズキリズキリと痛み始める。
魔王といっても、結局人間には生物学的には変わりはなく、次々と送られてくる本に目を通し続け、今までの間、不眠不休ともなると、さすがに頭痛が始まっているようだ。
身体能力が異常なほど強化されているとはいえ、休憩はしなければダメなのはある意味、共通の敵としては不便ではなかろうか?
「ちっ、ロクな本を持ってこないな」
吐き捨てるように、豪華に内容が装飾された魔導の理論書を投げ捨てる。
これが机上の空論だと先代の魔王の記憶が言っているし、正直ゴミでしかない。空間湾曲させて消滅させる術式なんかどんな魔力があっても、自分を消し飛ばして終わりか発動しきれず自分ごと飲み込んで終わりだ。
魔物が運んでいるわけだし、仕方がないことだが、狙っている本はなくただある本を適当に拾い続けてきている。
魔法を扱う事ができない。魔力ってのを私には理解できていない以上、細かい指示をだすこともできないし、気長にやるしかない。
それからさらに何ヶ月か経って、
「ぶっぅうえぇっ!」
「はぁ? うるさいんだけど?」
やっとお目当ての魔法の動かし方の理論書のようなモノを見つけて、深く読み進めていると、
重々しい謁見の間の扉がドカンと乱暴に開かれ、傷だらけの魔族がコチラに転がりながら光の粒子に消えていく。
結構優秀な執事だったのに、なんてことしてくれるんだ。
「あん?」
「お、女の子!?」
煌びやかに輝く鎧をきた少年を認識した瞬間、私の中で何かが溢れてくる。
「大丈夫かおじょ……」
殺す殺す殺すと感情が何かに支配され、一気に視界ごとすべてが真っ白に染まりきった。
気づいたときには、私はこの腕でその少年を鎧ごとお腹を貫いていた。
継承で知識は入っていた。それを体験していたし、彼はなんとかそれを耐えて、殺さずに務め切れていたから大丈夫だと勝手に思っていた。
正直、なんとかなるって思ってた。
だけど、殺人衝動で殺しても仕方ないって、理解できていたのに。
こんなにすごく気持ち悪いのに、血が流れ込んで怖いのに。
なんで、こんなにも、喜びの感情が浮かび上がってしまうんだ。
「あは、あははははははははは!」
どこかから笑う。なんでか笑っていた。
私は理解できていない。なのに、なんでこんなに嬉しいのにこんなに怖いんだろう。
それから、私の前に幾度となくこの場所に人間が現れた。
そのたびに、体の自由やあふれてくるナニカを覚えたての魔力で無理やり押さえつけて、
人間を半殺しにして逃がし続けている。
無傷にして逃がすには、まだまだたりえない。
まだ知識がいる。まだ覚えていかないと、まだ何もできない。
「貴様が魔王かぁはっ!?」
「うるさい。邪魔。今度は死ぬぞ?」
蹴りと一緒に今回の襲撃者を追い払う。
倒した人間は、死んでいないなら例外なく城の外へとたたき出すように魔族たちに言っている。
今度の人間は金色の服を着た太りすぎた豚だったので、人間ではなかったのかもしれないが。
無言で扉が開く音がした。
もう何年もたったかもしれないし、何ヶ月か経っただけなのかも分からない。
分かったのは、私が認識しなければ例え人間でも殺人衝動が起こることはないということだけだ。
もう怖い。私が怖い。
殺したくないって心で言っているのに、どこかで殺すのが当たり前で、人間を殺すことにすごく快感を覚え始めた自分が怖いのだ。
戻れなくなっている。心は、心だけは人間で居たい。
「ゆきちゃん?」
「!!??」
私のあだ名を耳にして、すぐ耳を疑った。
そして、見上げてしまった。
なんで居るの? と理解してすぐ認識したことを理解して、無理やり衝動を魔力でなんとか抑え込む。
短く乱雑に切った艶のある黒い髪。ブラックサファイアとでもいうべき黒い瞳。容姿は整いきっているとでもいうべき少年が、全身を西洋鎧と右手に握った淡い青に輝く剣が強く人間であることを認識させられた。
「なん、で……?」
絞り出した言葉は、空虚ですごく震えていたと思う。
「なんでゆきちゃんがここに?
いや、ここは危ないし、つもる話は町に戻ってからにしよう。俺と一緒にこの城から出よう?」
そういって、彼は左手をすっと私に伸ばしてゆっくり歩いてくる。
だいちゃん。
東雲 大地。私の幼なじみで日本の友人。
そして私の好きだった人。
すごく優しくて温和なのに、喧嘩を良くしていて誰からも恐れられてしまう人で、
よく私は彼に守られていた。
表面的にはいじめられなくなったし、彼が一喝してから、かなちゃん以外は私に近寄らなくなったが、すごく平穏な学校生活をおくらせてくれた。恩人? でもある。
なのに、私はその首をむしり取って、その血を浴びたくなる。
「来るな!」
「えっ!? ゆきちゃんどうしたの??」
ピクリと反応して手を伸ばしたまま、コチラに首を少し傾げるだいちゃん。
一言絞り出すだけで、魔力が大きく消耗する。
まるで体が一気にだいちゃんへと引っ張られていくように、私の足が動きそうになる。
黒く短くそろえた髪が、左右に揺れて黒い瞳が一瞬左右を見渡していた。
だいちゃんは周囲を警戒しているようだ。
「私に近づくな人間。死にたくなければ、消えよ!」
魔王になったせいか、言葉が思っていた通りに出せないことを恨めしく思う。
まるで、私は威圧しているかのような低い声でだいちゃんを見ている。
「……いやいや、ゆきちゃん? 中二病してる場合じゃないって!
ここはマジにやばい世界なんだって!」
中二病!? ひどいよ! もう卒業したから!
「黙れ! 人間風情が……私にはそのようなことはない!
そうそうにこの場から消えよ! 死にたくなければすぐにでも消えよ!」
ギリギリと腕が動くのを魔力で抑えていく。
ホント魔法が使えてよかった。このままじゃ……。
「……くっ! そういう事か。魔王!
どこにいやがる!? 姿を見せろこの卑怯者め!」
悲痛な叫び、すごく嬉しく感じてしまう。
でもどうして、だいちゃんは帰ってくれないの?
このままじゃ、私はだいちゃんを――。
殺してしまう。
そう思うと、思考がすーっと冷めたように冷えていく。
ばっと、マントを広げてぐっと拳を握りこむ。
「私が魔王だ。愚かなる人間よ」
冷たく見下ろす視線を与えたが、彼は訳がわからないといった表情を作る。
「は? いやいや、ゆきちゃん。中二病は」
ゆるりと魔力を吐き出す私に、彼は笑みをやめて、少し声が上ずり始めた。
コレが私にできる最良で、仕方ないことなんです。
「ゆきちゃん?」
コレで彼には分かったことだろう。
私はもう、人間ではないこと。
私は、ゆきちゃんではないこと。
もう、彼が助けるべきゆきちゃんはいない。
「大丈夫。絶対に助けるから!」
いつもの強い瞳で私を見ていた。似合わない身の丈ほどの大きい大剣に手をかけて、その姿に私の中で何かが溢れてしまった。
殺したくない。お願い帰って!
「帰れ」
驚くほど冷たい声が出た。でもだいちゃんには動揺も何もない。
「はぁ? ゆきちゃん何言って」
いつものあどけない表情だったが、こっちを向いたとき。真剣な表情をしていたのが目についた。
「何度でも言う。帰れ」
魔力も多分に含めた威圧。物理的に窓が割れ、黒い羽のようなモノが見える。
「帰らない」
強い瞳を消すことはなく、その意志を宿った瞳ごと血で赤くそめたくなる。
「帰って……。私はもう私じゃない。もうお前が知っている片岡 雪はいない。お前を殺したくはない!!」
感情にまかせて叫ぶ。辛くて言葉をあらげてしまう。
「ゆきちゃん!」
彼の悲痛な叫びに、グルグルと視界が揺れる。
その衝動的なモノを無理矢理に魔力で押さえ込む。
握りしめた手から、温かいモノが伝い落ちる。
「私はもう限界なの。もうすぐ行動がすべて魔王に取られちゃうの」
精いっぱいの魔力で抑えて、振り絞った結果か口調が少し戻る。だけど、彼は悲痛な笑みを浮かべながら私を見いる。
「俺は!」
「だから帰って、帰ってください。
私なら大丈夫だから。私のことはもう忘れて」
だいちゃんの言葉を遮って、精いっぱいの笑顔を見せて忘れてほしいと言っても、彼の瞳の強みはさらに増しただけだった。
「嫌だ。そこまで言うんだったら俺は、ゆきちゃんを無理にでも連れて帰る!」
「待って! 待ってよ! それ以上近づかないで!
本当に、本当にどうなっても知らないよ!?」
今でも限界なのに!
指が手が、全てが目の前の人間を殺そうとする。
初めてここに来た人間のお腹を貫いた時の感触がよみがえる。
嫌だ。嫌だ。
いやだいやだイヤだ!
なんでそれをしたいと思う。なんで、それが当たり前だって……。
「どうなるってんだよ!?」
私の思考を知ってか知らずか。のんきに聞いてくる彼にすこし嫌気がさした。
「え!? それは、魔王の衝動が前面に出てきて、だいちゃんを……」
「だったら、その魔王をぶった切るまでだ!」
スラリと一筋の光が目に浮かぶ。
剣を抜いただいちゃんは、すごくまっすぐにコチラを見ている。
「そんな無茶苦茶な!」
衝動なんだよ? 理解、してるの?
「それに、ゆきちゃんなら一発殴ったら元に戻る。
絶対に助けてみせるから!」
はにかむように笑うだいちゃん。黒い瞳と淡く輝く剣が非常にアンバランスに煌めく。
こうなったら、多分だいちゃんは止まらない。
「……引く気はないの?」
意志をもって、彼を見入る。最後の確認だ。
多分、もう魔力がもたない。そろそろ、塗りつぶされていきそう。
「言っただろ? 無理にでも連れて帰るってさ」
ギラリと睨まれたように、私を見るだいちゃん。
絶対引かない。そう瞳で言われたようなものだ。
「はぁ」
なんでか、ちょっと溜息が出た。
相変わらず変わらない。実際それでなんどもなんども救われている人を見ているし、
私もそうやって助けられたことがある。
「分かったよ。だいちゃんがそこまで言うなら信じるよ。
だけど、だけどね?
多分手加減も何もできないから、無理だったら逃げて」
そう言葉を出し切ると、魔力の供給が足りなくなったのか、私の意識はプツリと切れた。
意識が戻ってくる。まるで夢の中にいるみたいに、フワフワとしている。
私は多少傷ついてはいたが、体の動きにほぼ支障がない。
だけど、だいちゃんは違う。
すでに左腕は絶対曲がらない方向に曲がり、だらしなくぶら下がっている。
右手もなんとか剣を握ってはいるものの、赤く血でそまっている。
片膝をついて、息を荒げているが、私は一気に突き進んでいく。炎の魔法らしきものが私に飛んでくるが、私が手を振るうと一気に消し飛んだ。
勢いのまま、だいちゃんを蹴り飛ばし、彼は壁にたたきつけられた。
一方的な蹂躙。壁に埋もれ動けない彼の剣を強引に奪い取って、大きく上に掲げて剣をふりおろそうとしていた。
「できるわけ、ない」
一気に意識が浮上する。自分の腕が止まらない。
「ゆき、ちゃ……」
なんとか自分の胸を突き刺した。口から手から赤いモノがあふれていく。
「私が! 私が!! だいちゃんを殺せるわけない!!」
なら、私が私を殺せばいい!
そうすれば、助けられる。
「ゆきちゃん! どうして!?」
驚愕しているのがわかるほど、だいちゃんはうろたえている。
瞳が左右にゆれ、動揺しているのが手に取るようにわかる。
「だって、考えたらさ、一番、簡単な方法、じゃない?」
私が魔王である私を殺したら、もう魔王が継承されることもない。
殺した相手に継承されていくシステムなんだから、私が死ねばもう魔王はいない。
「ゆきちゃん、ダメだよ! 起きて」
いつもと違う。昔のだいちゃん……泣き虫だったころの彼が見えて。
すごく心配になる。昔は私がだいちゃんを守ってたっけ。
女の子にいじめられて、優しいから殴ることも怒ることもしない。
情けない奴だって、そう思って。幼なじみだから助けないとって。
「だいちゃん。だいちゃんはわるくないの。
だから、責めないで? 自分勝手に死んじゃう私を憎んでくれていいの」
地面に殴りつけ続けるだいちゃんに、私はできるかぎり笑みを浮かべて答える。
もう、私は助からないのだろう。何も衝動が起こらない。
「守るって決めたのに。俺は、俺は!」
黒い瞳が揺れて頬を涙が伝っているが見える。
すごく、すごく嬉しい。
「大丈夫、だから、ありがとう。
助けようって、ほんと私、私はだいちゃんが……」
口から液体がこぼれた。
ゴホッとせきこみ、私は瞼が重くなってきた。
力がだんだん入らなくなっていく。
熱も指先から徐々になくなっていって、息苦しくなっていく。
「ゆきちゃん? ゆきちゃん! ゆきぃいいいい!」
彼の涙とその声だけが私に残されて、まるで最後の宝物であるかのように、なんとか彼に触れようとして意識が闇にとけていった。
そんな消え行く意識の中で、誰かが笑っていた気がする。
この日をもって、魔王はこの世界から消えた。
そのことを、人々は喜び、世界は歓喜の叫びで包まれた。
そして……魔王を完全に滅ぼした勇者ダイチの消息を知っているモノは誰一人としていない。
彼は今までの勇者と同様死んでしまったのだろうか?
それは神のみぞ知る悲しい真実だった。
「ふふふ、面白い余興だったよ。片岡 雪、東雲 大地、サー・フィアノーグ。
サー・フィアノーグは、面白い魔王を呼んでくれたよねぇ。
魔法世界に転生させて大正解だったよぉ。
キミたちをこのまま消すのはおしいから、また他の世界に行って頑張ってもらうことにするよぉ」
「さよなら、勇者と魔王たち。キミたちの存在はすっごく面白かったよぉ。
もう当分は魔王じゃなくていいかなぁ?
平和はつまらないしぃ、数年だけ続けてその後は……そうだねぇ。
そうだぁ! 人間同士の戦争なんて面白そうだよねぇ」
その存在はただただ笑う。
その笑みは誰かの犠牲の上で成り立ち。
その不気味で黒い黒い笑みを見たものは誰もいない。
数年の間に魔族や魔物を駆逐していった人間たちは、手のひらを返し、人々同士の動乱が始まった。
それは歴代の人間から魔王になった人々をあざ笑うかのような大きな大きな戦乱であった。
血で血を洗い、肉を削ぎ、骨を砕く。永遠と言える動乱だった。
ただ、死を呼ぶためだけの動乱が、邪神の手のひらの上で永遠と続いていく。
「いいねぇ、いいねぇ。さいっこぉーだよぉ」
その存在は笑う。
その笑みが、その存在を理解できる。
ただただ、楽しみ続けている。
笑みを黒くそめて、興味深そうに人を見続けていた。
いかがでしたでしょうか?
できたら、感想とかを教えていただけると嬉しく思います。