第五話
「二人揃って、何してるのよ?」
呆れた調子でコドクさんが溜息を吐く。
「くつろいでますけど?」
首を二人で傾げつつ、俺がそう返すと、また溜息を吐かれた。
「いや、だから、なんでフェリンはご主人様の上にわざわざ乗っかってるの?」
ああ、そこか。
いやでも、それは……
「フェリンさんがここを気に入ったから、としか言えませんよ」
「……居心地がいい」
「ああ、そうですか……」
なんだか色々諦めた口調になってるけど、まあ今は放っておこう。
「やっぱり触手の身体もいいもんです……」
「にょろにょろ……触るの初めて」
触手と戯れる幼女の図がそこに繰り広げられていた。
「もしもし、警察ですか?」
「ちょっ、コドクさん!? なんで警察に電話してるんですか!?」
シュバッ!と触手で(駄)メイドの蛮行を阻止する。
「危うく、性犯罪者の濡れ衣を着せられるところでしたよ……」
「いや、危うくも何も、絵面は性犯罪者そのものだったわよ。というか、絵面がアウトって自覚は有ったのね」
「自覚は有ったんですけど、やはり、幼女のあのプニプニ感はちょっと放し難かったんですよ」
なんだかコドクさんの目線が、汚物を見るそれになっている気がするので、人間の姿に戻っておく。
「そんな目で見ないでくださいよ。目覚めたらどうするんですか」
「なんに目覚めるのよ、なんに」
「……アレン、触手止めるの?」
何故かフェリンさんが残念そうな顔でこっちを見る。
「気に入りました? あの感触」
「ん。締め付けられるのが、とても新鮮」
「そうですか」
人間の姿になったことで、今は膝の上に、ちょこんと座る形になったフェリンさん。
これはこれで、なんだか大きなぬいぐるみを抱いているような、なんともいえない安心感を感じる。
「……これはこれでほっとする」
フェリンさんも気に入ってくれたようで、尻尾が左右に振られている。
我が家の住民になって三日目。
彼女は、既にものすごく馴染んでいた。
「なんていうのか、本当にずっと一緒にいるわよね」
「確かにそうですね」
「……一緒にいると落ち着く」
この三日間。俺がどこ行こうとなにしようと、フェリンさんは引っ付いて動いているイメージがある。
トイレの時にドアの前で待ってたり、お風呂に一緒に入ったり、ベッドに潜り込んだり……。
どことなく行動が犬っぽいのは、やっぱり狼だからだろうか。
「折角天気もいいんだし、外に出かけたら?」
「えー」
「えー、じゃないわよ。ほら、フェリンも一緒に出かけたそうだし」
見れば、すっげーキラキラした目で、俺をじーっと見ている。
(……犬ですね)
(……犬ね)
まあ、こんな目をされては、行かない気にもなれないし、
「それじゃ、行きましょうか」
二人で散歩することになった。
……
「ここは静か……それに涼しい」
「まあ、日本の中でも大分田舎ですからね」
「なんでこの場所を選んだの?」
「そうですね……静かで、土地も高くなかったから、ですかね」
「騒がしいの、嫌い?」
「どうなんでしょうね。まあ、静かなほうが好きではありますよ」
他愛のない話をしながら、人が居ない道を歩く。
時期的にはまだ一月の末。
上着を羽織らなければ、かなり寒い。
「随分と今日は、空が綺麗です」
「……本当に」
|元の世界(異世界)――故郷とここでも、やはり晴れた空は変わらない。
「……百年前」
「ん」
「こうして、一緒に空を見上げたりもしましたね……」
「……ん」
「どうして忘れていたんでしょうか。まったく、長く生きると、これだから始末に終えません」
「しかたない。記憶は完全じゃないから。それに、わたしも変わった」
「……そうですね。フェリンさんは、本当に立派になりました」
時間の流れる速さは等速だ。
しかし、それでも俺には、かつてよりも随分と早くなってしまった気がする。
長く生きた分、主観での時間の厚みが、薄くなってしまっているのか――
「――もう歳ですか」
「?」
溜息一つ。
まだまだ死ぬ気はしないが、それでも十二分に生きてきた。
ここまでいい歳しといてニートとは……なんとも情けない気がする。
「どうしたの?」
「いえ、軽い自己嫌悪ですよ」
「?」
「気にしないでください」
素直にフェリンさんは頷き、また二人で歩き出す。
「そういえば、どうして勇者になったんですか?」
「……気になる?」
「ええ、それなりに。……あ、話したくないんだったら、無理強いはしませんけど」
「いい。話せないようなものじゃない」
少しその容貌に似合わない、深い光を瞳に浮かべて、彼女は語りだした。
「……いつも戦ってばかりだったけど、やっぱり傷が酷くて、休んでいた時もあった」
「まあ、いくら魔狼が、戦うこと生涯決定付けられた闘争の魔物だとしても、休息くらいとりますよね」
「それで、その時は弱っていたのも手伝って、昔助けられた時のことを思い出した」
「ああ、俺がフェリンさんを治した時ですよね?」
「ん。それで、少しだけ考えた。わたしはこのままでいいのか。ただ戦い続けることだけで終わるべきなのか」
「……そうですか」
本来、魔狼は遺伝子に刻まれた闘争本能に突き動かされ、戦う。
しかし、彼女はその白い毛並みからも分かるとおりのイレギュラー。魔狼の中で、唯一、異端であるが故に、その生き様に疑問を感じたのだろう。
確かに、世間では孤高の戦士とさえ称される魔狼。
だが、人間ですらない彼らが、何故そこまで強さを求めるのか。
もっと、別の生き方も有るのではないか。
彼女は、魔狼にはありえない思考で、その考えに辿り着いたのだ。
「わたしなりに考えて、目標を探した。わたしの考えだけじゃ、上手くいかないと思ったから」
フェリンさんは戦いに明け暮れる日々を送ってきたのだ。
それは、空を飛ぶ鳥が、飛ぶ以外の別な生き方を考えるようなものだ。
だから、彼女が自分以外に生き方の手本を探すのは、別段的外れではないと思う。
むしろ理に適っているのかもしれない。
「それで、知っている中で、一番憧れていたのが、アレンだった」
「へ?」
「誰かを救う。それは戦い続けて、傷つき傷つける魔狼では、出来ないことだったから。それをわたしも出来るようになりたかった」
きっかけ、まさかの俺ですか!?
「アレンのお陰で、誰かを助けようと思えた。アレンのお陰で、勇者になれた。今のわたしは……全部、アレンのお陰」
(こ、こそばゆぅっ!)
なんかすごい恥ずかしい思いをする羽目になった。
少しだけ頬を赤くして、フェリンさんが微笑む。
花が長い冬を乗り越え綻んだような、そんな笑みだった。
「ありがとう、アレン」