第四話
「お婿さんになってください。一生養います」
凍りついた空気の中、かろうじて口を動かし、やっとのことで一言吐き出した。
「なんですかその、斬新なプロポーズの様な物」
「様な、じゃなくて本当にプロポーズ」
「いやいやいや、なんでいきなりそうなるんですか!?」
すごく意味が分からない。
ちょっと言葉が混乱する程度に動揺している。
「あなたにだったら、処女を捧げてもいいと思ったから」
「はい! そこからでも意味が分かりません!」
「あなたが好きだから」
「その理由を具体的に!」
「優しいから」
「え、それだけで!?」
「それだけ」
「いや、他に何かないんですか!?」
……優しいっていうのは目の前の彼女の評価だが、それ以外で……?
俺みたいな屑ニートが惚れられるポイント……?
「……お金が目的、とかですか?」
「わたしはその点はまったく気にならない。十分もう持ってる」
「ですよねー」
勇者が貧乏なわけがない。
本当に死ぬほど貰えるからなー。
……え、いや、それじゃ、
「本当に優しさだけが結婚を決意する決め手ですか……?」
『え、嘘でしょうっ!?』
刀に戻っていたコドクさんが、声を張り上げる。
『こんな――こんな屑ニートで外出時に恥ずかし気もなく痛シャツ来ていくような、万年ジャージのエロ触手と結婚したいっていうの……!?』
「コドクさーん、やめてー。もろに事実なのがダメージ高いからほんとやめてー」
うちの(駄)メイドは容赦がない。流石妖刀。
「? エロ触手?」
あ、そもそもこの子の前じゃ、擬態一回も解除してなかったから、当然俺がエロ触手って知らないよな。
……あれ? これってどん引かれるんじゃないか?
「問題ない。むしろ、愛さえあれば関係ない」
なんか力強くサムズアップされた。
ああ、そうなんですか。問題ないんですか。というか愛あったんですね。
『ほ、本当に後悔しないの?』
コドクさんの動揺が抜けきらない。
俺だって抜けきれていない。
「フェリンさん、本気なんですか?」
「本気以外で、こんなこと言わない」
「優しいって、俺のどの辺りがですか?」
「見ず知らずのわたしを、ただ善意だけで治療し、その上療養させてくれた。……あの時の思い出があったから、わたしは頑張れた」
どうしよう、すごくこそばゆい。
人間に戻ったコドクさんが、すごいニヤニヤしてる。
「あらあら〜、気付かぬうちに勇者様の心の支えになってたのね」
「とりあえずコドクさん、その顔やめてください。からかい過ぎです」
とは言うものの、これ、どうすれば良いんだろ。
個人的にはすごく嬉しいが、その意思は俺にはない。
かといって無下に断るのも、なんだか申し訳ない。
……うまい落とし所を考えるか。
(いっそのこと、同棲してみれば?)
ぼそりとコドクさんが言う。
(……お互いのことをよく知るために、うってつけですか)
(そそ。ご主人様、どうせうじうじ悩んでるだろうからねー。答えを出してあげたのよ)
(答えは感謝します。でもうるさいです)
意地の悪い笑顔のコドクさんをたしなめ、フェリンさんに真剣な表情を向ける。
今度はコドクさんも、余計な茶々を入れない。
「フェリンさん。正直俺は、結婚とか、そういうことをするつもりはありません」
「……ん」
「ですから、最初から結婚相手ではなくて、同居人から始めませんか?」
「同居人?」
「はい。お互い同じ屋根の下で過ごして、お互いのことを知り合うんです」
「……素敵」
「そう言ってもらえて良かった」
ほう、と溜息。
それから顔の力を抜いた。
「フェリンさん。これからよろしくお願いします」
頭を下げた。
「不束者ですが、よろしくお願いします」
フェリンさんも頭を下げた。
かくして、我が家に一人、新たな同居人が加わったわけである。