第二話
嗚呼、神よ。
どうして世界は、こうも理不尽を押し付けてくるのだ?
目の前の光景が信じられなかった。
愛機を駆る彼の目の前で、ありえないことが起こっていた。
銃を構えた人型。
しかしその全身は鋼鉄で出来ており、機械仕掛けであることが一目瞭然であった。
――魔動機士。
魔法と科学の連携によって生み出された、人型兵器の総称である。
自分達の乗る魔動機士は、その中でも最新鋭の〈アサシンホロウ〉と呼ばれる機体だった。
銃を使う異端の魔動機士、〈アサシンホロウ〉は、他の機種を遥にしのぐ機動性と運動性を兼ねそろえており、最新鋭機の名に恥じない高い性能を誇った。
そのはずだったのだ。
『何なんだよあのガキ!』
『知るか! とにかく早く止めさせろ!』
仲間達の悲鳴と怒号が響く。
自分達だって最高の実力を持つ超一流の兵士なのだ。
そのはずなのに、
「嘘だろ……!」
目の前で、一人の青年が、魔動機士を刀一本で斬り捨てていく。
冗談のような光景だった。
まるで出来の悪い、三流の映画か何かのようだった。
そうであって欲しいと思った。
だが、事実目の前で〈アサシンホロウ〉は斬られていき、耳に届く声も、狭いコクピットで震える感覚も、全て本物だった。
(怖いなら、素直に言うこと聞いてくださいよ)
突然頭に声が響いた。
「ヒィィッ!?」
(ああ、そんなに怖がらないで! そもそもこちらに攻撃する意思はありません)
頭の中に響く声。
それが、目の前でありえない光景を繰り広げた、あの青年のものだと理解できてしまった。
東洋人のような黒い髪。
しかし、その赤い瞳が、彼に異世界の血が流れていることを示している。
そして何より異彩を放つのがその服装である。
大きく深夜アニメのキャラがプリントされたシャツ――痛シャツに、ジーンズ。ご近所を散歩でもするかのようなサンダル。
しかし、その右手に握られているのは、刀身と柄が異常に長い、物々しい刀である。
その服装と武器のアンバランスさに、カオスっぷりに、目眩がしてくる。
青年がこちらを見た。
赤い眼がカメラアイ越しに視線をあわせてくる。
その目が、どうしても人間の目には見えなかった。
「……何がっ、望みだ……っ」
声を震わせないように、最大限の努力をして、青年に問う。
(おたくの〈アサシンホロウ〉、一機くれませんか? 悪用も公開もしないと約束しますから)
青年が微笑む。
まだ十代後半にしか見えないその表情。
それだけしか感じ取れないのが尚恐ろしい。
抵抗は無意味だ。
攻撃した〈アサシンホロウ〉は、次の瞬間に戦闘不能に陥っていた。
全てが両手、片足、頭部の何れかを完膚なきまでに破壊されていた。
どれも魔動機士の重要な部位であり、破壊されることは行動が出来なくなるのと同義だ。
それを、一瞬で、目の前の青年は成したのだ。
「〈ホロウ〉をあんな一瞬で……! 化け物め……っ」
反抗は無駄だ。
本来、特殊な魔力を帯びる魔動機士に、通常の魔法で戦える道理はない。
同種の魔力でしかその魔力を突破できないからだ。
だが、それをあの青年は突破した。
おそらく、奴はその気になれば、あっさりと機体だけを綺麗に奪うことが可能だろう。
それをしないのは、あくまで同意の上でという事実が欲しいということだ。
逆に、同意さえ得れば、無駄な破壊を行うことはしないはずだ。
それだけ今までの行動は理性的だった。
俺は、素直にコクピットを開放した。
「これで文句ないだろう?」
「ええ、全く問題ありません」
青年はにこやかに笑い、動くことのない鋼鉄の巨人に触れた。
満足そうな顔をして、彼は頭を下げる。
「ご了承いただき、ありがとうございます。ああ、これは触手がやったと伝えれば、上層部は納得しますから。そういうことで、よろしくお願いしますよ」
それだけ言うと、青年の姿は風に溶けるように消えた。
「……なんだってんだ」
無意識に呟きが漏れた。
あれは全部夢だったのだろうか?
しかし、愛機はもう影も形もなく、周りには腕や足、頭の欠けた〈アサシンホロウ〉が転がっているのだ。
「夢じゃない、か……」
とんでもない目にあった。
後日、上層部にて、触手とだけ名乗った異世界の青年の噂を、多く耳にすることになる。
……
「魔動機士くらい、日本で調達しなさいよね」
「仕方ないでしょう、日本はまだまだ魔動機士については未熟なんですから。やっぱり本場アメリカから特殊部隊用の最新鋭機をかっぱらいたかったんですよ!」
俺はそのかっぱらった魔動機士で公海上を飛んでいた。
ちなみにしっかりステルスを起動している。
見つかって余計な騒ぎなんて御免だなのだ。
「俺の魔力で動かすのはことたりますし! 魔動機士を作った人は天才ですよ!」
本来は液体魔晶を原料に動くのだが、俺の魔力で十二分に事足りる。
やっぱり人型兵器はロマンだな〜!
「デザインが戦術機っぽいのも高評価です!」
「……いつのゲームのネタよ、それ」
コドクさんが刀の状態で呆れているがスルーする。
「ほんと、趣味になると止まらなくなるのよね……。普段はニートでやる気も何もないのにな……」
「普段は普段、趣味は趣味ですよ!」
「都合いいわねー」
「だって触手ですから!」
そもそも、触手とは本能のままに生活する生物だから、間違ってはいないのだ。
だから俺は本能に従い、さらに機体を加速させる。
「人型最高ーーーーっ!」
特に問題はない。