第四十五話
青い炎を吹き上げ、鋼の巨人が拳を叩きつける。
轟音と共に、派手にドラゴンが吹き飛んだ。
ボクは地面にへたり込んだまま、その様を呆然と見ていた。
「……本当に、何が起こってるんですか」
「なに、お前さんが思っているほど大したものじゃねーよ」
いつもよりも粗野な言葉遣いで、それでも変わらず落ち着いた声音で声がかけられた。
「学園長……」
「この騒動は全部、あの時代の後片付けみたいなもんだ。…………まあ、俺もそこまで立ち入っちゃあいないし、特に思い入れが深いわけでもないんだけれどな」
「あの時代、というのは……炎の時代のこと、ですか」
「ああ」
短く、それでも確かに学園町は首肯した。
つまり、学園長も、アレン先生も、少なくとも炎の時代には生きていたということになる。
「……先生が、竜王だというのは」
「本人が認めている。世界中の人間を焼却したのは自分だってよ」
「そう、ですか……」
その事実に、驚きは少なかった。
むしろ――
「なんで、でしょうか」
「ん?」
「なんで……なにも知らないのでしょうか」
「…………」
――酷く鮮やかな寂寥と懐かしさが、胸の中に錆付いていた。
「こんなに懐かしいと思えるのに、こんなに悲しかったと思えるのに、なんで、なんでボクは何も知らないんでしょう。何も覚えてないんでしょう…………っ!」
知っているはずなのに。持っているはずなのに。
何もかもが、ガラガラと音を立てて崩れていくような感覚だった。あるいは自分を作り上げていた過去、全てがぐちゃぐちゃに溶けて足場にならなくなってしまったような感覚だった。
判らない。自分が、記憶が、判らない。
曖昧だった。
自分が何者なのか。何を忘れ、何を失ったのかさえ答えを出せない。
「……落ち着きな」
「学園長……」
「いいか? 多分お前は感じ取った魔力や五感の情報のせいで、前世と今世の境界を曖昧に感じてしまっているんだ」
「境界……?」
「ああ。お前の前世はアレンさんが言ったとおり、恐らくはあの白いドラゴンなんだろう。それを強く意識しちまったせいで前世の認識を思い出して、今世の記憶と混同しちまってるんだ。だが、どれほど知っていると感じていようと、お前は知っていない、覚えていない。お前は転生したというだけであって、あのドラゴン本人じゃあない」
「……はい」
「いいか、お前はお前だ。これまで記憶してきた事柄全部は紛れもない現実だし、お前はあのドラゴンが知っていたはずの事を知らない事実を悲しむ必要もない」
静かに言い聞かせるように、学園長は淡々と語った。
「――どうしても、目の前の現実が、これまで積み上げてきた過去が信じられないというなら、それでもいい。だが、お前の感情にだけは嘘をつくな」
「感情、感情って……」
――……こんなわたくしですけれど、お傍にいさせてはいただけませんか、お嬢様――
「…………っ!」
――そうだ、忘れるなんてできない。
ボクは、アンリお嬢様にご奉仕したい。そして全力で好感度爆上げして、いちゃいちゃ百合カップル編へ突入するんだ。そのまま婦婦として彼女と一緒にいたいんだ!
ボクは――
「――――わたくしは、アンリお嬢様のメイドです! それ以上でも、それ以下でもありません!」
力強く言い放ち、ボクはぐっと足に力をこめ、立ち上がった。
「……なんだろうな。お前らエロ触手は、そういう欲望で色々振り切れるもんなのかね?」
「いえ、その……まあ、そういう生き物なんです。はい」




