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第四十二話

「…………?」


 わたくし(ナタリア)はその日の雰囲気に、違和感を覚えていた。

 例えるなら、とても静かで微かな緊張感が漂っているとでも言えばいいのだろうか。

 しかしながら、その雰囲気を感じ取っているのは、ごくごく一部の生徒のみに思えた。アンリやシエル、そして自分を含む在る程度以上の実力者。

 アレン先生は今日も授業をしているが、雰囲気はどう見ても平常通り。まあ、この教師ならば、何もかも理解したうえでいつも通りにニコニコと授業を進めるだろう。

 ……あのバケモノは、それだけの実力を秘めているのだから。


 不意に、その違和感が強まった。

 いや。正確には現れたのだ。


 強い、強すぎる魔力のうねり。これ程の物が仕組まれた物だと気づいた時、感じたことのない程の怖気が背筋を撫でていった。

 ――気付かなかった。

 全く気付かなかいまま、のうのうと授業を受けていた。


(なんて事――)


 自分は未熟だ。そう自覚しているつもりだった。だが、それも驕りでしかなかった。自分は自分の強さを過信する愚か者とは違う――そう、確かに奢っていたのだ。

 わたくしはわたくしの未熟さ故に、自分の驚愕に納得ができないのだから。


 ……


「さ、て……皆さんぐっすりおやすみですね」

『…………相も変わらず、意地の悪いやつだな、貴様は』

「知ったこっちゃありません。それに、為になることばかりでは、物事の性根は甘く腐り果ててしまいますからね」

『だからと言って、何もかもを切り離すのか?』

「まさか。関係者はしっかりと立ち入らせますよ。一人で面倒ごとを抱えるだなんて、死んでも御免です」


 誰も彼もが眠りこけた教室の中で、俺達は軽口を叩いていた。


 赤い刀は、既に俺の手元へ戻っていた。

 刀の正体は、勇者の剣――ずっとずっと昔に、世界を守る為にその姿を剣に変えた、レッドドラゴン。その分身だった。

 今回は旧知の間柄ということで、協力体制をとっている。


 ……睡眠魔法はしっかりと起動していた。

 ある程度の実力者なら、潜伏していたこの魔法に気づけただろうが、そんなのはこの学園では少数派だろうし、居たとしても逃れられる代物でもない。

 認識の全権を持っている俺に、見誤りは先ずないのだから。


 かつん、かつん、と、硬質な革靴の音が鳴る。

 ガラリと教室の扉を開けられ、見知った顔が入ってきた。


「よーっす。そろそろおっぱじめるのかい?」

「学園長。ちゃんと意図を読んでくれましたか」

「そりゃ、まあ……な。一人だけ魔法の効果から除外されてる時点で、俺は巻き込まれるの確定だって理解できたよ。――他の連中には関わらせられないってのも、な」

「正解ですよ。まあ、もう一人には協力してもらいますが」

「もう一人ぃ?」


 怪訝そうな顔をする学園長――レインを放っておき、俺は眠りこける一人の生徒に歩み寄った。


「起きなさい、シエル」

「ふぎゃ!」


 軽く刀の鞘で小突いてやると、踏んづけられた猫のような声を出して、シエルが起き上がった。


「あれ? わたし、なんで寝て――って、うわぁあっ!?」


 少々ぼんやりした様子で、きょろきょろと辺りを見回し――彼女は素っ頓狂な悲鳴を上げた。

 ……まあ、しょうがないと言えばしょうがない、のか?


「え、なに、なにが――」

「心配せずとも、皆眠っているだけですよ」

「……先生? それに学園長まで……? ……一体、何がどうなっているんですか?」

「当事者のメンバー以外には眠ってもらいました。これから始まる事は、あんまり世に知られても面倒なだけですので」

「あの、全然話が見えないんですが……」

「気にしなくていいですよ。そこまで踏み込んで知ることが大事なわけでもありませんから。こちらの諸事情は無視で結構です」

「はぁ……」


 ちらりと、教室の窓から外を窺う。


「――そろそろ、ですね」

『……そうだな。――来る』


 次の瞬間、変化は起きた。

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