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第四十話

「はい、おしまい」

「っ、ぁ――」


 また心臓が血溜と化した。

 冷え切った体が完全に止まる。


 そしてまた生き返る。


 荒い息を吐きながら起き上がる。

 まだ、体の震えは抜けそうになかった。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

「大分良くなってきましたね、シエルさん」

「はぁっ――は、はい……」

「そろそろこの訓練の趣旨も理解できましたか?」

「……はい。この訓練は、死への恐怖を克服する……そういう訓練ですよね」

「正解ですよ」


 息も絶え絶えに答えれば、アレン先生はニコニコしながら頷いた。


「誰かと戦い続ける以上、きっとあなたは誰かの命を背負って戦うことになる――その時に、命の危機に体を強張らせ、仲間もその危機に晒してしまう。そんな無様を晒さない様にすることが、この訓練の目的です」


 ……最初の訓練の時、先生の早さは、完全にボクを殺しにかかっている早さだった。

 手足を何もできないままに吹き飛ばされ、ゆっくりと、まるで嬲るように心臓を潰された。

 そうして、死への恐怖をしっかりと心に刻み込まれた。

 勝てない。絶対に負ける。幾ら体験しても、決して慣れる事のないあの死の感触に、再び飲み込まれてしまう。


 何度も何度も、そのイメージが冷たくボクの体を縛り付けて、マトモに対抗するということをさせてはくれない。


「さ、頑張って克服しましょう。一度できてしまえば、後はどうということはありませんから」


 とりあえず、この先生の笑顔に若干殺意が沸いたけれど、アンリお嬢様の為と思い、我慢して訓練に必死に食いつくことにした。


 ……


「さて、それでは授業を始めましょう。今日はやっと皆さんに色々と教えることができそうですね」


 にこにこと笑う先生の姿に、みんなが呆けてしまったのも仕方ないと思う。


 だって授業の挨拶が終わっても、アレン先生が教室に残っているのだから。

 ……ちなみに、他のみんなが呆けている中で、アンリお嬢様は嬉しそうに顔を輝かせて、金髪の生徒――ナタリアさんは、何故か決まりの悪そうな顔をしていた。


「まあここまでさぼってしまいましたし、正直皆さん、俺の実力を疑っていることでしょう」


 告げられた彼の言葉に、幾人かの生徒が気まずそうに俯いたり、他の生徒と目配せをしたりした。


「自業自得なのでなんとも言えませんが……とりあえず汚名は返上しなければいけませんね。――フェリン先生、全力でかかってきてください。大丈夫、俺がなんとかしますから」

「ん、分かった」


 いきなりの展開に、殆どの生徒が着いていけないまま、アレン先生のデモンストレーションが始まった。


 次の瞬間、授業を執り行われている闘技場に、とてつもない轟音が響いた。

 まさしく音の爆弾と言えるレベルのソレは、驚くべきことに、大剣と刀のぶつかり合いによって巻き起こった物だった。


「……ふむ、あなたを使うのは初めてですが、悪くありませんね」

「その刀は……!」


 フェリン先生も初めて見るのだろうその刀は、綺麗な赤い装飾と、白銀の刃をしていた。

 無機質であるはずのそれから、何故かとてつもない迫力と威圧感を――まるで巨大な獣に睨まれているような感覚を感じてしまう。

 ……間違いなく、ただの武器ということはないのだろう。巧妙に隠しているが、恐らくはアンリお嬢様の刀と同じ部類だ。


『……なんか、知ってる雰囲気の刀ね』

「コドク?」

『ずいぶん前に一回やりあったような……いや、でも刀であんな雰囲気のが居たかしら?』


 なにやらこそこそとお嬢様が刀と喋っている。

 ……最近知ったが、どうにもあの刀は喋ることができるらしい。もっとも、まだボクは喋ってないけれど。


『うーん……ほんと昔に一回……一回? 一回だけじゃなかった気もするわね……』

「…………?」


 なにやら悩んでいるようだが、まあさて置こう。


「――さて、もう一度どうぞ」

「「「――は?」」」


 その呟きの後の光景に、全員が口をあんぐりとあけた。


「――っ!」


 仮にも勇者の一撃。

 それをアレン先生は、尽く防ぎきっている。

 普段魔力の強化なしでボク達に授業を教えてくれていて、その上いつもその状態で練習試合じゃ生徒を瞬殺しているフェリン先生を、魔力を身体能力や技のブーストに使っている今の先生を、一方的に攻撃されている状態で、まったく魔力を使わないで、まるで子供でも相手しているかのようにあしらっているのだ。


 息もつかせぬどころか、放つ側の動きがまったく見えない程の連撃。しかしその一撃もアレン先生には届くことなく、徐々にフェリン先生の息が上がってきているように見える。

 なのに、アレン先生はまったく平気そうな顔で、いつもと変わらずのんびりと構えているようにしか見えない。

 魔力反応がない以上、どう考えても素の体力で対応しているとしか考えられないのに、だ。


「ば、化け物だ……」


 一人の男子生徒が呟いた一言に、アンリお嬢様を除くクラスメイト全員が頷く。


 ……


「ふむ……なかなかどうして、使いやすいですね。元々の姿で一回使ったからでしょうか?」

『知らん。というか、さっさと我を帰らせろ。此処に在るのも問題だが、なによりあの魔王と同じ姿というのが気に入らん』

「いいじゃないですか、KATANA。ジャパニーズカタナ。日本刀。素晴らしいと思いますよ? フタエノキワミーとか」

『いや、そもそも東方列島の武器が完全一致だったろう。というか、そのインチキすぎる口調はなんだ?』

「いや、まあちょっとしたおふざけですよ。まあ、素手でやるのが面倒ってだけで呼んだんですし、帰ってもらって結構ですよ」

『……少々癪だが、そうさせてもらう。……頼むから、このような用事で我を二度と呼ぶな』

「はいはい、善処しますよ」

『まったく……』


 ぼうっと炎が上がり、手の中から刀が消える。

 まったく、レッドさんの頑固なところはほとほと困った物だ。もっとも、一度痛い目をあわされた相手なのだから、仕方ないのかもしれないが。


「さて……」


 無手のフェリンさんと再び向かい合う。


「コドク以外の刀を使うところ、初めて見た」

「そもそもあんまり戦闘を行ってませんからねー」


 大体の話、俺はそこまで武器を使わない。使うなら魔法がメインだし。


「このまま、魔法なしで戦うつもり?」

「ええ。折角だし、このまま」

「そう……」


 少しだけ、フェリンさんの瞳に闘志が燃え出した。


「……せめて、少しくらい驚かせる」


 一瞬で距離をつめ、上段からの振り下ろし。

 巨大な鉄の塊が出せるスピードじゃないけれど――


「――なんのこれしき、というか、やってみればできるものですね」

「「「…………」」」


 雨霰と襲い掛かる斬撃を、指一本で逸らしつつ、最後は指二本で刃を挟んで止めた。

 まだまだ、攻撃は見切れるかな。一発でもマトモに食らえば死ねるけど。

 筋力とかなら魔力抜きでも大丈夫だが、頑丈さとなるとそうはいかない。そもそも筋力だって体の頑丈さが追いついてないから、元々の自然回復というか、自己再生に基づいているのだ。


「くっ……! やっぱり、強い……!」

「いえ、フェリン先生も流石です」


 うん、ほんとマジで。

 そもそもの年季の差があるんだから、存在強度云々的なアドバンテージがあってもよさそうなもんだけれど、さっき言ったとおりに俺、素で一発もらったら簡単に死んじゃうからね。

 技量としぶとさでカバーしてるけどさ。


 そんなもとを考えていると、一気にフェリンの魔力が跳ね上がる。

 恐らくはこつこつ収斂していた物を、術式の発動と共に解放しているのだろう。


「はっ!」


 短い気合。

 全身全霊をこめたであろう、渾身の一閃。

 流石に魔力なしでっていうのは、そろそろ止めるか――



 ――ッドン!



 大剣に籠められた魔力が炸裂した。

 規模や収斂具合から見て、恐らくは超大型の魔物が、純粋に熱量で丸々一体消し飛ぶくらいの威力だろう。それをこの短時間で発動を可能にしているのだから、流石は元勇者というべきか。


「……っふ〜、抑えきれた」

「…………消し飛ばせるくらいの気合でやったけど、やっぱり無理」

「や、正直ちょっと焦りました。フォローと自分の防御、どっちか失敗すると思いましたから」


 本当にびびった。

 タイミング的にギリギリだったから、一歩間違ったらちょっと生徒諸君にはお見せできない状態になるところだった。


「まあ、折角ですし、もう少し続けましょうか?」

「「「…………」」」

「…………あれ?」

「「「いえ、もう十分です」」」

「あ、はい」


 ……


「何者なんだろう、アレン先生って……」


 ぼんやりとしたまま、ふとボクはそう呟いた。

 強い強いとは考えていたけれど、勇者様より強いって、もう想像が出来ないレベルの強さだ。


「……気になる?」

「えっ!? あ、いや、別に無理に詮索しようとか、そういうことは考えていないんですけれど……はい。わたくしは正直気になっています。先生にはお世話になっていますから、その強さは疑ったことはありません。けれど、底を読めないお方だとは思っていましたが、勇者を圧倒するなど、常軌を逸しています」


 アンリお嬢様に問われて、慌てて居住まいを正す。

 実際のところ、気になるどころの話ではないけれど、説明がないということは、先生が話す必要が――ボク達が知る必要がないということ。

 なら、お嬢様に言ったとおり、詮索はしないししなくて大丈夫だろう。


「どちらにしても、先生は先生だと思ってますから」

「そう……」


 お嬢様はそこまで気にした様子もなく、再び読んでいた本に目を落とした。


 今はお嬢様と一緒にのんびりと読書をさせてもらっている。

 ライルメア学園には立派な図書館が併設されており、その蔵書量は世界でも指折りの域だ。

 お嬢様は読書が好きらしく、休日には四六時中部屋に篭って読書をするのも珍しくはない。

 今読んでいるのは、少し前に流行った恋愛モノだ。

 その読んでいたものは、随分古い軍記モノ。さらにその前には、名作と名高いサスペンス……ジャンルがバラバラなのは、まあ、いわゆる乱読家なのだろう。


 ボクもご一緒に読書させてもらいつつ、時々お嬢様の顔を見てニヤニヤさせてもらっている。


 普段あんまり表情を変えないお嬢様が、ころころと表情を変えるのは、見ていて楽しいし飽きないものだ。


 ……もっと、一緒にいられるように、頑張らないとなぁ、修行。

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