第三十六話
「……なんとも、感じなれた魔力ですね」
おおきいおともだちで肩をとんとんと叩きつつ、俺は違和感のあった場所を見回した。
「ただの校舎裏で、特に不審者も何もなし、ですね……。しかし、この魔力は……面倒ですねぇ……」
溜息を一つ付く。
面倒さを突きつけられ、本当にモチベーションが下がってしまった。
「ドラゴンさん達が人に殺された時以来ですね……。ああもう、死んでるんだったら大人しくしていてくださいよ。転生してきてまで面倒を引き起こすとか、どれだけあの人らは俺に迷惑かければ気が済むんですか」
とにかく……事態はひどく面倒で、おまけに今直接手を出すこともできないと分かってしまった。
「……まったく」
それでも、動くしかないのだが。
……
学生食堂にて。
「……ねぇ」
「はい、なんでしょうかお嬢様」
「なんで、あなたはわたしの後ろに控えているの?」
「真に勝手ながらお嬢様のメイドとしてお傍に仕えさせてもらっているからです」
「その手に持っているのはなに?」
「お嬢様のお弁当でございます。次回からリクエストしていただければ、ご所望のモノを用意いたします」
「……頼んでない」
「メイドにとって当たり前のご奉仕でございます」
にっこりと笑うシエルに、わたしは頭を抱えていた。
……この子がなんでわたしを慕うのかが分からない。特に面識があったわけじゃない。それでもこうして甲斐甲斐しく世話をしてくれる。
彼女は、わたしの何処に惹かれたのだろう?
わたしは彼女にどういう対応をすればいいのだろう?
(わからない……)
「お嬢様?」
「っ!」
心配そうにシエルがじっとこちらを見つめている。
「どうかされましたか? ……やはり、ご迷惑でしょうか」
「ん、そういう、ワケじゃない」
「そうならよろしいのですが……。不快に感じるのでしたら、なんなりと申し付けください。すぐに目の届かない場所に行きますので……」
「本当に大丈夫。ただ――」
そう、別に不快じゃない。彼女がそばに居ることは、全然不快じゃない。むしろ――
「むしろ、ちょっと嬉しい」
「お嬢様……!」
「でも、だからこそ、聞いておきたい」
静かに彼女へ視線を向ける。
……やっぱり、わからないままこうして付き合っていくのは好きじゃない。
「シエル。あなたはどうしてわたしのメイドになりたいの?」
「……そうですね。ひどく個人的な理由ですが、構いませんか?」
「ん」
少しだけばつの悪そうな表情の彼女。
頷いて先を促すと、シエルは恥ずかしそうに自分の心のうちを喋った。
「白状しちゃうと、下心なんですよ。気持ち悪いって思われるかもしれませんが、ボクはアンリお嬢様が好きです。大好きです。友達とかそういう意味じゃなくて、性的な意味で」
「…………」
「自分でも、なんでここまでお嬢様に執着しているのか、よく理解できていません。一目惚れなんでしょうけれど、どこを好きになったのか、上手く説明できないんです。それでも、この気持ちは全然嘘とか紛い物って気がしなくて――とにかく、見も蓋もない言い方をしちゃえば点数稼ぎです。あなたに取り入って、好感を得たいって、それだけの話なんですよ」
「シエル……」
「……こんなわたくしですけれど、お傍にいさせてはいただけませんか、お嬢様」
花のように微笑む彼女。
彼女がわたしに向ける感情は理解できた。別に不快感もない。
……ただ、やっぱり戸惑ってしまう。
こういう感情を向けられたことがないから。
ただ、これだけは確かだ。
「ダメ、じゃない」
「お嬢様……!」
わたしも、シエルが気になっている。
それが彼女がわたしに向けるソレと同じようなモノなのかは判別がつかないけれど。
だからわたしも知りたい。わたしのこの感情がなんなのか。
彼女に感じるこの感情が、一体なんなのか。
「メイドとして、一緒にいて欲しい」
「――はい!」
嬉しそうに頷いた彼女。
……少しだけわたしは、彼女の想いを利用したような、そんな罪悪感を覚えた。
……
「では、後ほど夕食をご用意するためにお部屋へ窺わせていただきますね」
「ん」
ボクは意気揚々と寮へと戻った。
今日の授業は全て終わり、後は寮母さんの手伝いをしてから自由時間になる。
(今のボクはまさに、順風満帆ですね!)
アンリお嬢様は一緒にいて欲しいといってくれた。それはつまり、少なくとも嫌われてはいないということだ。
これは上手くいったら両想いになることも可能なんじゃなかろうか。
(ああ、そう考えただけでこの学園生活全てが薔薇色に思えてきます!)
たとえ地味な作業が多くても!
なんだか随分色々手伝っている気がするけども!
後今やってる掃除がなかなかきついけれども!
「ふぅ……!」
額をぬぐって振り返れば、なんということでしょう。塵一つ残さず掃除された輝かんばかりの男子寮廊下が。
ふっ……、またつまらぬ汚れを拭ってしまった……。
「なにやってるんですか。こんなところで」
「ひえっ!」
ちょっと気分が昂ぶっていたのと、疲れているのが合わさって妙なテンションでキメポーズを決めていたボクに、少々呆れ気味の声がかけられる。
恐る恐る振り返ってみれば、今話題の勇者の旦那様がいらっしゃった。
「も、申し訳ございませんお義父様――――!」
全力で土下座しました。
よりにもよって、よりにもよって好きな人の父親の前でとんでもねぇ醜態をさらしてしまった――――!
「お義父様って……いえ、別に構わないのですけれど。少し落ち着きなさい、シエル。メイドたる物、常に冷静に主人を支える物ですよ。アンリのメイドは大層落ち着きがない、なんて周りの連中に囁かせるつもりですか?」
お義父様――もといアレン先生の言葉にハッとなる。
このボクが、アンリ様のメイドであるボクが、アンリ様の顔に泥をぬるような真似をしてはいけないのだと。
「申し訳ございません……」
「次からは気をつけましょう。……しかし、メイドとして寮の管理を手伝っているとレイン君から聞きましたが、本当なんですね」
「あ、はい。お陰さまで学費も免除させていただいております」
「まあ、それだけのポテンシャルがあると期待されているのですから、それを裏切らないように頑張ってくださいね」
「勿論です!」
「よい返事ですね。……ああ、個人的な用件が一つありました」
「? なんでしょうか、アレン先生」
「明日から個人授業を始めますので、日の出前に訓練場に来て下さい。アンリに相応しいレベルになるまで、みっちりしごき上げますよ♪」
「…………はい?」




