第三十五話
「今日からこの戦闘の授業を受け持つことになりました、アルドレイン・アジャスターです。長い名前ですので、気軽にアレン先生と呼んでくださいねー」
「……助手の、フェリン・アジャスター。アレン先生の授業の手伝いをする。よろしく」
ニコニコと笑っている新任の先生は、今朝あったばかりの黒髪赤目の男の人。その隣に立っているのは、白銀の長髪に桜色の瞳、そして狼の耳と尻尾のある、一目ぼれした少女によく似た女性だった。
見れば他の生徒もポカンした表情で、その女性を見つめている。
唯一驚く以外の表情を見せているのは、お嬢様だけだった。そのお嬢様も、なんだかとても頭の痛そうな表情で、腰に提げている刀までもがどこか呆れ返っているようだった。
「「「……勇者様!?」」」
「……人違い。わたしはただの先生の助手」
「「「絶対嘘だ!」」」
そうして教室が大混乱に陥ったのは言うまでもなかった。
……
「馬鹿なの? ねえ、馬鹿なんでしょう? 前から思ってたけど、ちょっとは考えて動いたら動なの? 日本の片田舎とは勝手が違うに決まってるのに、なに普通に勇者を」
「はい……」
俺は久しぶりにコドクさんに説教を受けていた。
授業そっちのけで初日から生徒の武器に起こられている新任教師。これ、ヘタしなくても首飛ぶ案件だよね?
……レイン君脅してどうにかしてもらおう。
ちなみにフェリンはしっかりと授業を行っている。魔狼で勇者なお陰か、抜群の戦闘センスを持つ彼女は、幸いしっかり努力もする派で、天才肌ではあるものの、ちゃんと生徒に戦い方という物を教えられている。
助手、だなんて役職に納まってもらってるけれど、彼女の方が教えるのがうまい可能性があるな、これは。
「――……とにかく、もう妻子もちなんだから、行動にはしっかりと責任を持ちなさい。いいわね?」
「……はい」
「よろしい」
そういって頷くと、コドクさんはするすると刀に戻っていった。
……あー、こうやって怒られるのも、本当に久しぶりだわ。最近はなかったもんなー、怒られること。
「……んー?」
ふと違和感。
何かが動いた。ただ、それが何かまでは判別がつかない。
これか。レイン君の言っていたのは。
「フェリン!」
「? どうしたの?」
「ちょっと用事ができました。後の授業は任せます」
「ん、分かった」
「ありがとうございます――」
とりあえず、気配は掴んだ。
現場に直行すれば、なんとか抑えられるか――?
瞬間的に転移を発動させ、俺はその場を後にした。
……
『まったく、ご主人様はいつまでたっても……』
ぷんすかと怒るコドクの横で、わたしは額を押さえていた。
(なにやってるの、パパ……)
今は二人ずつ前に出て戦闘をしているので、待っている間は割かし暇になる。
男子生徒が皆で何か話しているので、少し聞き耳をたててみる。
「……なんだったんだ、あの先生」
「新しい先生だろ? 助手が美人の」
「そもそも先生に助手ってつくもんなのか?」
「それ以前になんで勇者様が助手やってるんだって話だよな」
「しかも苗字一緒だったぞ」
「アジャスター、だったっけ? 聞いたことあるか?」
「いや、ないな。貴族ではないと思うが……」
「勇者様は生活用の金だけ受け取って雲隠れしたって聞いたから、どっかの国が爵位を渡したってのもありえないだろ?」
「ん? ちょっとマテ。アジャスター?」
「「「んん?」」」
……パパのことだった。
そしてアジャスターという苗字で何かに気付いたのか、男子生徒たちが一斉にこっちを見ている。
……まあ、昨日の自己紹介で苗字だって明かしているのだから、普通に気付かれるだろう。
「あいつって、確か……」
「アンリ・アジャスターって言ってたよな」
「……アジャスター?」
「…………」
「「「…………」」」
一人の男子生徒が不自然な笑みを浮かべながら、すすっと近づいてきた。
「えーと、アジャスター?は……先生と血縁関係があったりは……」
「……母と父」
「ああ、やっぱり……」
「……ってーことは、アジャスターって勇者様の娘ってワケか」
「ん、そうなる」
男士達が納得した様子で頷いていると、今度は女子がヒソヒソと話を始めた。
「アレン先生、だっけ? どこであったのかしら」
「告白はどちらからなのでしょうか?」
「たよりさそうな雰囲気でしたけれど、優しそうな旦那様ですよね」
この話題の内容から察するに、貴族のご令嬢の方々だろう。人の色恋沙汰に興味を持つのは彼女たちの生態みたいなものだとここに来て認識した。
ちなみに一般諸子の女生徒は、その会話に混ざったり混ざらなかったりで、混ざらない方は勇者であるママと手合わせしたいか、パパの実力が全然読めないから案外すごそうだとか、そういう話題で盛り上がっている。
それにしても、パパは一体どこにいったのだろう?




