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第三十四話

「ご主人様のことだから、監視くらいはすると思ってたけど……まさか直接乗り込んでくるとはね……」


 やれやれ、と呆れた様子でコドクはため息を吐いた。

 わたしは無言で、パパの作ってくれた食事を食べている。


「……わたしの、せい」

「え?」

「わたしのせいで、パパは頑張らなくちゃいけなくなった……」


 ことん、と食器をテーブルに置き、俯く。

 パパ、働くの嫌いなのに。ママと一緒にゆっくりしたり、一緒にゲームしたり、魔動機士マギウスの調整や改造をしたり、ネット小説の投稿サイトを覗くのが日課なのに……。


 いつも一緒に遊んでくれる。いつも一緒に寝てくれる。

 自分のやりたいことの方が楽しいんじゃないのかと思って聞いてみたら、「アンリやママとの時間が、俺にとっては一番楽しくて、一番大事なものですよ」と答えてくれた。

 日頃働いていなくても、優しい、大好きなパパなのに……、


「んー、アンリが心配なのはしょうがないわよ。大事な娘だし。親は子供を信じていようと信じていまいと、どうしても心配しちゃう生き物だからねー」

「ん、そうじゃなくて……」

「?」

「前、コドクがいない時、……パパに、なんで働いてないの?って聞いたら、すごく気まずそうな顔をして黙り込んだ後、ママに抱っこされて泣いてたから……」

「あー……それは、また……。自業自得とは言え、随分と……」

「なんだか、その後もずっと気にしてたみたいで……夜トイレに起きた時に見たんだけど、お酒を飲みながら、弱々しく『やっぱり働かない触手はダメ触手なんでしょうか……』ってママに相談していて……」

「重傷ね……」


 何の気なしに聞いたのが失敗だった。

 あんなに強いパパが、そんなことを気にするなんて、思っていなかったからとはいえ……。


「で、でも、たぶんそれだけじゃない筈よ。さっき言ったとおり、やっぱり心配してるのが大きいだろうし……」

「……絶対、働かないといけないっていうのも、理由になってる」

「…………そう、ね」


 また、自己嫌悪の溜息をつく。

 何の気なしで言ったことで、誰かを傷つけることもあるのだ。今度からは同じことを繰り返さないよう、しっかり教訓にしていこう。

 そう心に決め、スープの器に口をつける。


「……おいしい」


 ……


 ボクはその光景に衝撃を覚えていた。


(お嬢様の部屋から、男の人が出てきた……!?)


 真っ黒の髪に赤い瞳。

 長身痩躯の大人の男性だった。


 ど、どういう関係の人ですか!? 学生!? 先生!? どちらでもこの学園だったらありえますけど、お嬢様の部屋に居るのはどう考えたって普通じゃないし――


「もしもし、そこの同族さん?」

「――ひゃいぃぃ!?」


 気付けば目の前にニコニコ笑顔で件の男性が迫っていた。


(って、同族……?)

「戸惑ってますか? シエルさん」

「えっ」

(な、名前が知られてる――――!?)


 大混乱。

 シエルちゃん大混乱中です。

 ええと、まず同族ってどういうことなんですか? あれですか? 女の子に産卵したい系の同志ってことですか? それとも未成年だけれどこっそりエロゲを買いに行って、なんとなく大人の階段上った気になってる処女童貞組合員ということですか? あるいはフルプライスの名作と同じかそれ以上にロープライスな抜きゲーに抗いがたい魅力を感じる人とか?


 いやいやいや。

 流石にそれはない。

 大体どれも外から見ただけじゃ分からないし――いや、名前がばれてる時点でもう全部情報握られてるって考えたほうが――


「自分の種族の節操のなさはよーく分かっていますから、忠告させていただきますね? ――あの子に害を為すなら、俺は躊躇なく消しますよ」

「――っ!?」


 がくん、と足腰から力が抜けそうになり、必死に持ち直す。

 昨日、お嬢様に初めてあったときの恐怖が霞むほどの圧迫感。

 正確にはお嬢様が持っていた刀の気配だと後々気付いたが、ダメだ。これは比べ物にならない。

 ほんの気まぐれでこの人は、世界の一つや二つを簡単に滅ぼせてしまうレベルだ。

 そんな化け物が、真っ直ぐにこちらへ殺意を注いでいる。

 息が詰まりそうだ。

 立っているので精一杯だ。

 でも、


「――害をなすなんてとんでもありません。わたくしは、お嬢様に心よりお仕えしたいと思っておりますから」


 にっこりと笑って、それだけははっきり言う。

 せめてこれだけは言い切りたい。


「……そうですか」

「はい」

「ならば、かまいません。アンリと、仲良くしてあげてくださいね?」


 男の人はそれだけ言って、歩き去っていってしまった。

 あの人はお嬢様とどういう関係なんだろう? さっき言っていた、同族って、結局どういう意味なんだろう……?

 分からないことだらけでも、あの人がお嬢様をとても愛しているのは分かった。


 ……あの人がついているなら、お嬢様は安全だろうな。


 ……


 まさか、この学園にもエロ触手がいたとは。

 しかもアンリに接触しているとは予想外だった。


「シエルさん、でしたか……」


 とりあえず、悪意は感じられない。むしろ強い好意を感じたくらいだ。

 ちなみに解説をすると、本来エロ触手は、繁殖用に捕まえた雌に、深い愛情を注ぐ生き物なのである。

 基本的に一体につき一人を捕まえて番として、その番を使って繁殖する。エロ触手は繁殖特化の魔獣なので、十匹が最低。多い個体なら百匹近くを雌に生ませる。その行動全てが雌の悦びためだと言うのだから、最早笑うしかない。

 エロ触手は番となった雌に最上の快楽を与えることに心血を注ぐ。触手の体液が最上級の媚薬である以上、性行為から、食事、排泄挙句は出産までもがそういう快楽を感じる行為になってしまう。

 それをエロ触手は理解しているから、積極的にそういった行動に走るのである。

 すごい美化をすると、一途に愛している空の行動なのだ。……相手方の意思を完全に無視した独りよがりで自分勝手なものではあるが。


 まあ、そういう生き物だから、基本的に番として意識している相手に害を為すことはないだろう。人に近い思考を獲得しているのなら、上記のエロ触手的愛情強要もない筈だ。


 しかし、雌のエロ触手か……珍しいものを見た。

 居るには居るが、別に雄と交わって子供を産むでもなく、やはり人型の雌を襲って卵を産み付け、繁殖する。愛情云々に関しては、雄とは差異はなく、生まれながらに未成熟な有精卵を持っており、それを自身の体液を摂取した雌に産みつけることにより、苗床として卵を育てる……らしい。

 正直、卵を産めるか産めないかというだけの違いなので、雄と大差がないのだ。


 エロ触手の雌というのは、非常に生まれる確率が低い。外見上での差異は体色で、雄が基本明るい赤紫なのに対して、雌は純白である。この原因はよく分かっておらず、先天的な色素欠乏――所謂アルビノとは違うらしい。

 雌が繁殖した結果生まれる子供も雌というワケではなく、逆に雄が繁殖した結果に雌が産まれたということも、稀だが報告されている。割合で言えば、雌が親のほうが雌として生まれる可能性が僅かに高い、というだけであり、やはり体色と産卵方法(雄なら精子、雌なら有精卵)が少々違う程度で、そこまでの生態の差異はないというのが結論らしい。


 とりあえず、アンリのことを好いてくれているのは嬉しいし、仲良くもしてやって欲しいんだけれど、あの子の好意は十中八九(女の子同士だけれど)異性に向けるそれだ。


「折角先生になったんですし、授業とか課外の名目で、しごき上げてやりましょう」


 うんうんと一人頷きながら、俺はフェリンの待つ部屋に戻っていったのだった。

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