第三十一話
「……幸せな時間はあっという間とは言いますけれど」
「ん……」
「本当に、あっという間なモノなんですね、フェリン……」
「ん……っ」
目から熱いモノが零れかけ、必死に目を閉じ堪える。
ダメだ。今日はアンリの新しい門出を祝う大事な日なんだ。泣かないで、しっかりと笑って送り出してやらないと……!
見てみると、フェリンも同じように涙ぐみ、それでも涙は零すまいと頑張っている。
「パパ、ママ。そんなに泣かなくても大丈夫。ちゃんと年末年始には顔を出すから」
「まったく、本当に似た者夫婦なんだから。……安心しなさい。アンリはきっちりわたしが守るわよ」
「アンリ……コドクさん……」
「……気をつけて。風邪ひかないように、夜はちゃんと暖かくして……」
今日、アンリは我が家から旅立っていく。
「ん……いってきます」
「――っ、いって、らっしゃい。パパはいつだって待ってますよ」
「いってらっしゃい……がんばって、アンリ……」
初めてだった。
ここまで誰かを送り出すのが心細いと思うのは。切ないと思うのは。
これが、子供へ抱く親の感情なのか。
ああ、成る程。
コレと似たものを抱いていたとしたら、彼女が世界を滅ぼそうとしたことも、少し納得がいくかもしれない。
今日からアンリは、コドクさんと一緒に旅に出る。
ここから大分離れた、ライルメア学園冒険科に入学するためだ。
本人の修行の意味もこめて、同伴をするのは彼女の武器になったコドクさんだけ。
俺とフェリンはついていくことはできない。
そうしたいと、他ならぬアンリが願ったからだ。
パタン、と閉まる扉の音が、やけに大きく響いた。
「この一年、早かったですね……」
「ん……」
「……ちゃんと帰ってくるとわかってます。コドクさんが着いていてくれるから大丈夫とわかってます。けれど……不安なモノですね……」
「それに、切ない……こんな気持ち、初めて」
「そうですね……本当に、初めてだらけですね。フェリンやアンリと過ごした日々は」
きゅっ、と手が握られる。
「アレン……」
フェリンが潤んだ瞳でこっちを見上げる。
「……寂しい、から……ぎゅっとして欲しい」
「フェリン……」
「だめ……?」
「……ダメなわけ、ないじゃないですか」
娘がいなくなって、寂しいのはフェリンだけじゃないのだ。
……
久しぶりに二人だけだ。昨日までは川の字だった。
当然「お楽しみ」なんて出来るわけもなく、大分ご無沙汰だから正直溜まっている。溜まっているが……そういう気分にはなんとなくなれない。
となりには変わらずフェリンが居てくれるのに、どうしても欠けてしまった子供特有の高い体温を思い出してしまって、なんとなく喪失感を覚えてしまう。
「ねぇ、アレン」
「うん?」
「あっというま、だった」
「……あっというまだったな」
「アンリ、すごく早く立派になった」
「俺も、こんなに早いとは思ってなかった。やっぱり、魔狼と触手、どっちも早く成長する魔物だからかな?」
「そうかもしれない……もっと、もっともっと、いっぱい愛してあげたかった」
「大丈夫だって。まだまだ、俺達はアンリを愛してる。幾ら離れたって、親子は親子なんだから」
「ん……」
二人きりの時だけの、砕けた口調でフェリンに語りかけながら、そのさらさらとした髪を撫で付ける。滑らかな手触りが心地良い。
彼女も気持ち良いのか、耳をぴくぴくさせ、頭を胸元にすりよせてきた。
「……今思うと、プロポーズされて直ぐにアンリが生まれたから、全然いちゃいちゃできてなかった」
「そう……だな。言われてみればその通りだ」
「……その」
少しだけ恥ずかしがるように顔を伏せ、ぽつりと呟いた。
「明日、から……その分も、いっぱい甘えさせて欲しい」
「フェリン……ああ、もちろん。むしろ甘えて欲しいよ、俺は」
相変わらず可愛すぎるうちの幼な妻を、明日からいっぱいかまってやろうと画策すると、少しだけ胸の中のブルーな気持ちが和らいだ気がした。




