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第三十話

 最近、少し気がかりなことがあったりする。


「アンリー、パパですよー」

「…………?」

「あ、アンリー?」

「…………」


 ぷい、とそっぽを向いて、我が家の天使はフェリンの元へ。


「……おかしいですね。女の子はパパっ子になることが多いと聞くのですが。このままだと、幼少期最大のイベント、『パパのお嫁さんになる!』イベントを逃しかねません……。……はっ!? まさかもう好きな男の子がいるとか!?」

「落ち着いて、アレン」

「フェリン……流石にアンリを撫でながらそれを言われても虚しいだけです」


 一ヶ月足らずで、気付けば母親似の無口っ娘に成長したアンリ。

 だが、何故か俺には懐いてくれないのである。父親なのに。


「そうか、これもそれも全部妖刀のせい……!」

「人のせいにするんじゃないわよ」

「うう……」


 コドクさんがため息をつく。

 あれから一ヶ月ほどして、彼女は我が家に帰ってきた。

 暫くの休業の後、いつも通りメイドとして復帰して、今ではフェリンと家事を分担している形だ。


「はいはいできるようになって直ぐ立って歩けるようになって……そのころは全然こういう感じではなく、普通に笑って抱きついてきたんですけれど……最近この調子で……」


 悲しくて触手に戻ってしまいそうです。

 ええ、本当に悲しいです。にゅるにゅる。


「意味の分からない感情表現はほどほどにして原因考えなさいよ」

「……後で、わたしから聞いてみる?」

「お願いします、フェリン……」


 いやもう、これでパパ臭いとかそういう理由だったら全力で自分に浄化魔法かけまくるし、最悪変な虫のせいなら情報の欠片も残さずこの世界から消し去ってやる。

 あ、でもそれでアンリからパパなんて大嫌いとか言われたら、流石に死ねる自身しかないな……。……かわいそうだけれど、その時は記憶を少しだけいじらせて貰って……――


「アレン」

「え?」


 びしっ、と全然痛くないチョップを背伸びしたフェリンに貰ってしまった。


「ダメな考えをしている時の顔をしてた」

「ああ……すいません。ちょっと考え方が過激なほうになってました」

「アレンにはわたしがいる。もし、アンリが離れていくとしても、わたしはアレンと一緒にいるから……安心して」


 もし、か。

 別にありえない話じゃない。アンリはいつか大きく成長して、恋をして、この家を出て行くのだろう。別に、変わったことでもない、ごくごくありきたりなこと。

 正直な話、これまで特に執着したことのない俺が、初めて執着した相手との子供。それも可愛い可愛い、目に入れても痛くないどころか歓喜に咽び泣く愛娘が、自分の手を離れていってしまうことに耐えられるかどうか、確信は持てない。


 それでも、俺は決して一人ではない。


 チョップをした手で、やさしく俺の頭を撫でる彼女。

 まったく、歳の差が凄まじいのに、年下の妻にまったく頭が上がらない。


「……ありがとう、フェリン」

「ん」


 こくんと、我が家の幼な妻は可愛らしく頷いた。


 ……


「…………」

「…………」


 白い髪と黒い髪。


 白い狼耳と黒い狼耳。


 白い狼尻尾と黒い狼尻尾。


 共通項は、よく似た顔と同じ色の瞳だ。


 フェリンとアンリである。

 お互い無言だが、そこに気まずい空気は全くなく、むしろ穏やかで心地よさそうな雰囲気を発している。


 やがてフェリンがアンリを撫でながら、口を開いた。


「……アンリ。なんで最近パパに甘えないの?」

「ん……」


 少しだけアンリは、答えづらそうに顔を俯ける。


「……その」

「ん……」

「ちょっと、恥ずかしい、から……」


 ぷいとそむけた顔は、恥ずかしさからか頬を赤く染めていた。

 そんなアンリが可愛らしく、くすくすとフェリンが笑い声を漏らした。

 やさしく彼女の頭を撫でながら、彼女はさらに問いかける。


「なんで恥ずかしいの?」

「……大きくなったら、女の子はお父さんのことは嫌わなくっちゃダメだって

「ネットで、そういうものだって書いてあったから……」

「アンリは大きくなるのが早いだけだから、まだまだパパに甘えても大丈夫」

「そう……なの?」

「ん……あんまり甘えないと、パパも悲しむ」

「そう、なの……?」

「ん」


 フェリンはきょとんとこちらを見上げてくるアンリが可愛くて、頬を緩むのを押さえられない。


「……分かった。後でいっぱいパパにぎゅーってして、その時謝る」

「今すぐじゃないの?」

「……ちょっと恥ずかしいから」


 その後、愛娘のぎゅーっとちょっと涙目になりつつの「ごめんなさい」コンボに、パパは問答無用で轟沈されました。

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