第二十四話
朝。
「アレン……起きて」
ゆさゆさ
「うぅん……あと六時間程寝かせてください……」
「……アレン」
ゆさゆさゆさ
「お父さんは最近夜勤多くて疲れてるんです……寝かせてください……」
「…………」
アレンが起きない。
しかたない。
ちょっと恥ずかしいけど、奥の手を使わせてもらおう。
「ん……ぺろ」
魔狼でやるのは滅多にいないけど、狼としては一般的な番へのスキンシップ。
アレンの口元を舐めた。
「うわっ!?」
驚いた声と共に、アレンが跳ね起きる。
だけど、ここ最近あんまり構ってもらえなかったので、スキンシップ続行。
「んむっ!?」
両手でアレンの顔を真正面に向けて、口をぺろぺろし続ける。
……恥ずかしいから、目は閉じるけど。
「ふぇ、フェリンさん!?」
驚愕を隠せないアレンを無視し、ぺろぺろを続行。
「ストップです!」
身体が麻痺する。
魔法を使ったのだろう。
その状態のわたしを、ぐいとアレンが引き離した。
「どうしたんですか、急に?」
「……なかなか起きないから、起こそうと思って」
「起こそうとして、舐めたんですか?」
それもあるが、それがメインではない。
「……最近、ティアナにばかり構ってて、わたしに構ってくれなかったから」
でもなければ、こんなことはしない。
「…………ごめんなさい」
「ん」
分かってくれればいいのだ。
……
「…………ごめんなさい」
「ん」
そう言えば最近フェリンさんとあんまり一緒に居なかったな……。
寂しい思いをさせたか……。
「埋め合わせと言ってはなんですけど、今度、一緒に出かけませんか?」
「名案。勿論行く」
「よかったです」
そんなワケで、一緒に出かけることになった。
というか、これくらいしないと男の解消と言いますか、申し訳ないといいますか……。
とりあえず情けないな、俺。
……
「すいませんフェリンさん。待ったです」
「?」
「俺達は出かけるんですよね?」
「ん」
「じゃあなんでフェリンさんの首に首輪で俺がそのリードを持ってるんですか?」
すっごいツッコミ入れたい状況だった。
あ、性的な意味じゃありませんよ?
「……立場上?」
「どんな立場ですか、それ」
「主人」
「俺のことを指差して言ってますけど、それって結婚した女性の言ってる主人とは、大分ニュアンスが違いますよ」
「え?」
「え?」
「……コドクがこういうものだって――」
「――オーケイ溶鉱炉です」
座標特定。
転移発動。
文句は受け付けません。
「それはあの駄メイドによって汚染された偏見だらけの嘘ですよ」
「そうなの?」
「そうです」
「じゃあ、どういうもの?」
「……それを口で説明しろといわれても、それはそれで難しいんですけど」
経験不足だからな。
「……とりあえず、一生を共にしてもいいと思えることでしょうか?」
「成る程。だったらもう条件は達成している」
「ああ、はい。そういうことを言ってくれる気はしてました」
「わたしの後の時間は、あなたとともに過ごして生きたい」
「…………」
そういってくれるのは嬉しい。
これでも彼女だって百年の時を生きる魔狼だ。
それだけの存在が俺を認め、俺と一緒に生きたいと言ってくれるのは正直嬉しい。
そう言えば、魔狼の寿命は――
(――ままならん。その上にやってられん。時間とは、積み重なる不可避の呪縛とは、こうまで我らを苦しめるか)
――かつてあったドラゴンの意思を思い出した。
(――あんまりのんびりしちゃ駄目よ。あの子の時間は、あなたよりも何百倍も短いんだから)
――コドクさんの言葉を思い出した。
……やっぱり、いくら生きても俺は、所詮考えなしなのか。
「――すいません、フェリンさん。急な話なんですけど」
「?」
なんだかんだ言ってたけど、結局俺は彼女が気に入ってる――というか、好きである。
精神的な意味でも、性的な意味でも。
彼女と一緒に生きていくのもいいものだと思うし、こうまで思ってくれている彼女を嫌うはずもない。
こんな変態に付き合ってくれるのだ。感謝以外の何者でもないだろう。
まあ、そういうところを抜きにしても、無条件で彼女を気に入ってる気がするし。
今の今まで恋愛感情なんて考えたこともなかったが……多分、この感情がそれで、大きく間違っているということもないだろう。
それに、あんまりのんびりもしていられない。
長く生きているとここら辺ルーズになるから困るのだ。
別に結論を急いだわけでもないのだけれど。
「――結婚、しちゃいましょうか?」
「!」
随分唐突な話になったなー。
って、ああ、流石にこの言い方は失礼だな。
「フェリンさん」
固まったままのフェリンさんの手をとる。
こういうのはしっかり伝えるのが筋でしょ、と笑った我が家の駄メイドを思い出した。
「――結婚してください。フェリンさん。俺も、叶うのなら、これからの時間を、あなたと一緒に生きていきたいです」




