第二十二話
コンコン、とドアをノックする。
「ティアナさん、入りますよ」
「…………」
がちゃり
電気もつけず、真っ暗な部屋の中。ベッドで三角座りしているティアナさんが、とても小さく、弱々しく見えた。
「……なんの用だ?」
「いえ、煮るなり焼くなり好きにしていいということだったので」
にゅるん、と擬態を解除。本来のエロ触手の姿に戻る。
ついでに回路を接続して、さっと転移魔法も発動。
部屋の中ではなく、故郷の森に移動する。
暗い森の中にいきなり放り出された彼女は、驚きに身を強張らせた。
「な……っ!?」
「騒がないでください。騎士なんですから、自分の言った条件に逆らうような真似、しませんよね?」
「くっ……、分かっている!」
「そうですか。それじゃ、着いて来てください」
俺はそれだけ言って、にゅるにゅると暗い森の中を進んでいく。
時間的には深夜。
真上に昇った月が、森の中にかろうじて視界を確保させてくれる。
もっとも、それがなくとも、俺やティアナさんレベルなら、魔力で視力を強化して、視界を確保するくらいは出来るだろう。
魔獣の類は俺やティアナさんの気配を感じ取って、引っ込んでしまっている。
この森の魔獣は大して強くない。だが、敏感に強者の気配を感じ取って、やり過ごすことは得意なのだ。
今だって、彼らは息を潜め、俺達が通り過ぎるのをじっと待っているのだろう。
「……この先に、昔の俺の家があるはずです」
「……家?」
「俺は昔から引き篭もりでしたから。自分の家を作って、そこにいつも閉じこもってました」
そうこうしている内に、見えてきた。
月明かりに照らされて、木造の、古ぼけた小屋が見える。
「あれが……?」
「はい。俺の昔の――正確には、最初の家です」
蔦に少し纏わりつかれ、一部の木材が少し傷んでいること以外は、全く変わっていないように見える。
実際、それは間違っていない。
歴史と共に佇んできたこの家は、苦労して拾った世界樹の枝を加工した木材を使ったことや、何十、何百とかけた魔法によって、まったく朽ちる様子もなく、静かにそこに在り続けている。
正直、安全性だけで言うのなら、この小屋に勝る場所はないだろう。
「それじゃ、本題に入りますね」
にゅるりと振り返り、言った。
「お説教をします」
「……は?」
ぽかん、とした表情のティアナさんに構わず、俺は説教を始めた。
正直荒療治になるが、知ったこっちゃない。
「なんで俺に負けたくらいであんなに落ち込んでいるんですか?」
「それは……今まで、十七になるまで、勇者様と共に戦えるように、ずっと鍛練してきたのに、こんなにあっさり負けて……自信が、無くなって……」
「……ティアナさん、あなたは馬鹿ですか?」
「なっ!?」
「いえ、訂正します。馬鹿です。大馬鹿者です」
「なんだとっ!」
俺の言葉に、彼女が怒り出す。
溜息一つ。
「俺の年齢を知っていて、そんなこと言ってるんですか?」
「年齢……?」
知らないようだ。
まあ、俺も教えてないしなー。
「三千歳あたりから数えてませんが、少なくともそれくらいは生きています」
「さ、三千!?」
「はい」
「そんな、エロ触手が、そんなに長く生きられるはずが……!」
「でも事実ですよ」
もう一度、人型に戻る。
しかしいつもの黒髪赤目ではない。
あの住宅街では晒せなかった姿。
そのためにこの森にわざわざ戻ってきたのだ。
はっとした表情で、彼女は俺を見る。
眼鏡をかけた、茶髪の青年。
かつて世界を救った時の姿だ。
「ええ。――たかだか十年や二十年生きただけの子供が、悠久の時を生きてきた大賢者である私に勝つことなど、もとより無理な話なのです」
「――!」
大賢者。
魔神を討伐するため、三人の英雄を率いた時の称号だ。
恥ずかしながら、俺の活躍は今は伝説になっているらしい。
「大賢者、様……?」
「ええ。かつてはそう呼ばれていました」
「でも、魔神大戦の後、行方不明になったと……」
「大概の英雄が行方不明扱いの時は、今も何処かでこっそり隠れて生きている、と考えたほうがいいですよ。そういう化け物揃いですから」
事実だ。
後処理面倒だからと、適当に頼れる連中にほっぽって、当の本人が雲隠れ、というのはよくある話なのだった。
かく言う俺も、そういうメンバーの一人なワケなのだが。
「で、理解できましたか?」
「え?」
「私が――俺が、一応は伝説の英雄と呼ばれる類の人間ということを」
擬態を解除。また元の触手姿に戻り、再び擬態。いつもの黒髪赤目に戻った。
そして彼女ににこりと笑う。
「あなたの年齢で最初の一撃に反応できたなら、十分に天才の域です。これからも精進していけば、ティアナさんはとても強くなりますよ」
それだけ言って、転移を発動させる。
「……帰りましょう。そろそろ冷えてきました」
地味にこの触手、強いんですよ?




