表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/52

第十三話

 深淵へ。


 ただただ深く潜っていく。


 己の、己が知らぬ、知りえぬ領域。


 そこにあるのは根源、或いは源泉。


 認識が、意味が渦巻く、始素の泉がそこにある。


 世界を形作る、始素。


 それを使う権限数値――魔力。


 その魔力を、望むものへと変質させていく。


 深く、深く。


 理解し分解し再び理解する。


 作り直し、組み直し、捻り破き砕き混ぜる。


 説明できない変革。


 進化と退化をつぎはぐ。


 回路が鳴いて泣いて哭いて啼いた。


 存在のみが許され、現実には昇華されない虚構。


 しかし、それは確かにそこにあり、現実を蝕み創る役をなす。


 ただ、それを目覚めさせるのは、ただ一つ、使い手セカイの認識のみだった。


「全権行使――回路を改造、魔力変質」


 法則が金切り声をぶちまける。


 現実が怒号を叩きつける。


 認識が、世界を歪ませた。


 ……


「……んん」


 もぞもぞとベッドから起き上がった。


「く、ぁぁぁ……」


 大きな欠伸を一つ。

 鼻腔には、朝食の良い匂いが届いている。


「……下りますか」


 ……


「おはようございます……」

「おはよう、アレン」


 フェリンさんが朝食の支度をしていた。

 席に着く。


「今日もおいしそうですね」

「ありがとう」

「いただきます」


 いつもの朝が始まった。


 ……


 わたしは少し心配事がある。

 アレンのことだ。


「…………」


 どこかぼんやりしているように見えるのだ。


 回路の改造。

 魔力の変質。


 そう彼は言っていた。


 そう難しくないことだとも。


 けれど、それは本当なのだろうか?


 回路。

 その名は、師匠から聞いたことがある。


 現実には、魔力生成器官。

 ただ、在る。

 それが魔力を作り出す意味になるのだという。


『直接いじることなんて、きっと不可能だよ。なにせ、モノが体内に在るわけじゃないんだからね』


 師匠はそう笑っていた。


 けれど、アレンはそれをやろうとしている。

 あの口ぶりから察すると、以前にもやったのかもしれない。


 そもそも、彼はそれを眠りながら行おうとしていた。

 ……起きているべきでは、ないのかもしれない。


「アレン……疲れているなら、無理をしているなら、寝たほうが良い」

「そう見えますか? そうですね。そうします」


 すこし、安心させるように笑みを浮かべ、彼は席を立った。


 また、気を使わせてしまったのが分かった。

 そう気付いた途端、悲しくなってしまった。


 わたしは、彼がしたいことの邪魔になっている気がした。

 彼は、わたしが居ないほうが、好きに暮らせる気がした。


 わたしは、彼にとって、すごく邪魔なものだ。


 ここに居たいなんて、彼と一緒に居たいなんて、駄々をこねないほうが良かった。


「……アレン」


 ……


「……アレン」


 拝啓、コドクさん。


「ぐすっ、ごめんなさい……ごめんなさい……」


 フェリンさんが唐突に泣き出してしまいました。


「ど、どどどうしたんですか、フェリンさん!? どこか痛いんですか!? あ、何かの病気とか!?

 ひょっとして、この間の魔力酔いが残って……!?」


 ボロボロと泣き出してしまったフェリンさん。

 俺は酷く狼狽した。


 なんでフェリンさんがいきなり泣き出したんだ?

 俺、なにかやらかしちゃったのか?


「ごめんなさい、ごめんなさい……っ」

「ごめんなさいって……どうして謝るんですか?」

「だって、わたしが一緒に居たいからって、わざわざ起きてもらって……そのせいで、アレン、調子悪そうで……」

「あー……」


 それはまた……気が回らないにも程があるな……。

 俺は別に、調子が悪いわけではない。


 単純に、同時進行で回路を改造しているので、注意散漫になっているだけである。

 調子悪そうに……見えるか。四六時中、どこかぼんやりしていたら、俺だって多分心配するだろうし。


 ……ほんと俺って、ほんと俺って……。


「すいません、フェリンさん。俺は調子悪いとか、そういうんじゃないので、泣かないでください」


 なるべく優しい手つきをイメージして、フェリンさんの頭を撫でる。


「……駄目なヤツですね、俺は。自分勝手が過ぎますよ」

「アレンは、悪く、ない……わたしが魔力酔いしないように、回路や魔力を変えようと、頑張っただけだから……」

「それだって、俺がフェリンさんに趣味に付き合ってもらいたいからですよ。フェリンさんを傷つけたくなくて、そのためにしてることでフェリンさんを泣かせちゃってるんじゃ、本末転倒もいい所ですよ」


 彼女が何を思って泣いているのか、俺にはよく理解出来ない。


「あなたが泣かないでください。俺は、泣いているフェリンさんを、見ていたくありませんよ」

「でも……わたしに合わせたら、アレンのしたいことの、邪魔に……」

「邪魔になんてなりませんよ」


 彼女を抱き寄せる。


「――一緒に、居てくれませんか?」


 邪魔。

 確かに、俺の行動の能率が少し下がるかもしれない。


 けれど、邪魔だなんて、不快にだなんて思わない。


「一緒に、居てください」


 俺と共に笑ってくれた彼女。

 共に居ることを、幸せだと感じてくれた彼女。

 涙を零す彼女。

 俺のために、悲しんでくれた彼女。


 俺は、嬉しかったのだろう。

 誰かと一緒に生活して、誰かにここまで想ってもらえるのが。


 彼女の全部、今、愛おしいと思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ