第十二話
わたしはフェリン。
ただのフェリンだ。
苗字はない。
元の世界で苗字を持っているのは、人で、ある程度身元がしっかりしているものだけだ。
そう師匠から教わった。
師匠はわたしよりも長い時を生きる、ハイエルフの女の人だった。
深い紅色の髪が、とても綺麗な人。
魔法使いと名乗っていたけど、とても槍を使うのが上手な人。
わたしに色々なことを教えてくれた人だ。
……彼女は、元の世界で、いつも通りに過ごしているのだろうか。
「ん、今は家のことを頑張る」
思い出に浸っている場合じゃない。
今のわたしは勇者ではなくメイドだ。
しっかり家の仕事を遂行しなければいけない。
「……おじさん、これとこれとこれ、ちょうだい」
「お、見習いメイドちゃんじゃねーか! ニンジンとタマネギとジャガイモかい?」
「ん」
「はいよ! 見習いメイドちゃんは可愛いから、少しまけといてやったぜ!」
「ありがとう」
「ははっ、良いって良いって! ニートのあんちゃんにもよろしくな!」
「わかった」
気前の良い八百屋で買い物をして、肉屋に向かう。
「……おばちゃん、これ、ちょうだい」
「おや、見習いメイドちゃんじゃない! この牛肉ね?」
「ん」
「小さいのに偉いわねぇ。このコロッケおまけしてあげる」
「ありがとう」
「いいのいいの。引き篭もりのお兄さんにもよろしくね」
「わかった」
優しいおばちゃんに貰ったコロッケを食べながら、家に帰る。
アレンは部屋で寝ている。
あまり大きな音は出さないように気をつけて、掃除をしていこう。
……
「ふぅ……」
全部の仕事を終えて、少しソファで休む。
柔らかい。
アレンはこういうくつろぐためのものに、それなりにこだわったと言っていた。
けれど、物足りなさを感じる。
「……暖かくない」
温もりがないからだ。
「……んぅ」
少し不満げに唸ってしまう。
いつもはアレンに膝枕してもらって、撫でてもらっていた。
それがとても心地よかったのだ。
しかし、ソファにはわたしの温もりしかないし、撫でてもくれない。
物足りない。
とても物足りない。
どうやっても満足できない。
「…………」
……
きぃ、と小さく扉が鳴った。
規則正しい寝息と、濃密な魔力の匂い。
「んん……」
匂いが強い。強すぎる。
「アレン……」
少しだけ熱い吐息を吐く。
ベッドに横たわっている彼の顔を覗き込む。
何の表情も浮かべていない寝顔。
彼は今、どんな夢を見ているのだろうか。
ベッドの中に、彼が起きないように気を付けながら潜り込む。
暖かい。
「……ん」
寄り添うようにこうやって居ると、とても落ち着くのだ。
頬を彼の胸元に摺り寄せる。
温もりが、優しく伝わってくる。
不意に、彼が動く気配がした。
頭を撫でられる。
「……すいません、気を回せていませんね」
「あ……」
アレンが起きていた。
……
失敗した。
彼女は一人が嫌いなのだ。
だからわざわざ俺みたいな屑ニートに求婚してくれたワケだし。
それを、俺の都合で一人っきりにするようなことをしているのだから、まったく、呆れるしかない。
「家事、お疲れさまです」
「ん……。ごめん、起こした?」
「いえ、大丈夫です」
別に四六時中眠ってなければいけないわけでもない。単に、睡眠しているほうが、感覚を自身の内面により多く向けられるから、作業をより的確に行えるから、というだけである。
「……もう少し、起きているようにしますね」
「……ん」
さらさらとした、柔らかい髪を撫でる。
彼女の尾が、心地良さそうに揺れる。
全体的な作業の効率は落ちるだろうが、それでもその方がいいと思う。
……案外、いつも擦り寄ってくれる彼女が居ないのが、俺も寂しかったのだ。
「暖かいですね、フェリンさん……」
「アレンも、暖かい……」
こうしているのを、俺は随分と気に入ってしまったらしい




