第八話
「…………」
「えー、と……」
拝啓、コドクさん。
「……くすん」
「な、なんか本当にごめんなさい」
フェリンさんがいじけました。
「家事でニートに負けた……ニートに……」
「…………」
まあ、ショックなのはわかる。
彼女と過ごした時間で、いつも俺はダラダラしてたし。
だが、考えてみてほしい。
たかだか百年程度しか生きておらず、つい先日家事を覚えた魔狼と、もはや何年生きてるのかも分からない、その上それなりに一人暮らしの経験もあるエロ触手。
ぶっちゃけ、経験値が違いすぎるのだ。
違いすぎるといっても、ずば抜けて素晴らしく家事をこなせるわけではない。
本職には負けるし。
「……アレン。コドクが帰ってくるまで、わたしに家事を任せて欲しい」
「はぁ……」
「絶対、コドクレベルになる」
なんだかフェリンさんがやる気になった。
……まあ、いいか。
……
「アレン」
「なんですか?」
「アレンって魔法を使えるの?」
「どうしたんですか、藪から棒に」
本当に突然だった。
家事を頑張る彼女をねぎらおうと、お気に入りのポジションの膝に乗せて居る時のことだった。
ちなみに家事をする時はメイド服である。
狼耳に狼尻尾のロリメイド……凄まじく可愛い。
「アレンが最初に会ったとき、傷を治してくれたのは知っている」
「確かに、あの時には魔法を使っていましたね」
「でも、今のアレンには、魔法の匂いがしない」
「匂い、ですか?」
「いくら隠蔽しても、魔力の匂いは感じられるはずなのに、それがアレンからはしない」
「ああ、隠してるってわけじゃないんですよ。ただ、回路といいますか、魔力を生成して身体に巡らせる器官を接続していないんです」
「接続?」
「あまり一般に知られてはいませんが、魔法を使うためには、回路に魔力を通す必要があります。その魔力は、回路がなければ生成できません。ようは、その回路を使っていないから、魔力が生成されていないんですよ」
「成る程……」
納得したようにうんうん頷いていたが、また首を傾げる。
「なんでそんなことを?」
「魔力を切っておかないと、色々面倒なことになっちゃうんですよ」
「?」
「まあ、気にしないでください」
「……わかった」
フェリンさんが俺の膝の上から降りて、仕事に戻った。
「頑張る」
「頑張ってください」
……
「〜〜〜〜〜〜っ」
おもいきり伸びをする。
バキバキと背骨がなる感触が心地良い。
ちなみにフェリンさんはどこで何をしているのかと言うと……、
「すぅ……すぅ……」
俺の膝枕で眠っているのである。
メイドさんらしく、家事をしっかりこなしていた彼女ではあるが、やはり慣れない仕事は疲れたらしい。全部を片付けた後、何をするわけでもなく、俺の膝の上に頭を乗せてぐったりと休み始めた。
基本、彼女は俺が何かしている時には構ってもらおうとせず、一人で日向ぼっこしたり、テレビを見たり、もう一台のパソコンでなにやら調べごとをしたり、家事の練習をしたり……。とにかく俺のやることを邪魔すると思っているのか、大人しく待っているのだ。
構うにしても、今しているように、俺が何かする必要のない程度。
俺が暇になったと見るや走りよってきて、俺の手に頭を擦り付け、甘えてくるのはご愛嬌だ。
彼女はちゃんと我慢して、甘えられる時にはおもいっきり甘えている。
……こんな屑ニートには勿体無い忠犬っぷりである。
「……お疲れ様です、フェリンさん」
「んん……」
さらさらした、手触りのいい髪を撫でる。
こうされるのを彼女は気に入ってるし、俺も好きだ。
寝ていても撫でられているのが分かったのか、はたまた頭を撫でられている夢を見たのか、彼女の尻尾が、ぱたぱたと嬉しそうに振られている。
「いい夢見てますかね」
なでなで
ぱたぱた
「嬉しいと尻尾振っちゃう辺りは、やっぱり犬ですよねー」
なでなで
ぱたぱた
「……犬……犬……犬といえば…………首輪?」
なでなで
ぱたぱた
「いや、流石に失礼ですか」
いくら仕草が犬だからって、首輪は……ねぇ?
戯言は程々にしておこう。
「…………でも、見てみたい」
絶対似合う。絶対似合うって。
でもって、少し涙目になって、顔を赤らめて俺を見上げて、「申し訳ありません、ご主人様……」とか、「どんなお仕置きもお受けします」とか、そんなことを言っちゃったりなんかしちゃったりナニかしちゃったり……。
「…………」
何を考えてるんだ、俺。
これじゃ、コドクさんの言うとおり、ただの変態触手だ。
「ぅぅ、ん……」
「…………」
なでなで
ぱたぱた
邪念を振り払うように、彼女の頭を撫でる作業を再開した。
俺は変態ではない。
そう、変態ではないのだ。




