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魔女見習いと高校生  作者: 珈琲肉
9/21

階段飯

自己紹介、親睦会、レクリエーション…etc

新入生を歓迎する行事は様々だ。

その悉くを無に帰すような人間は存在する。

そんな類稀な才能を持っていた「志筑 綾也」は今日も一人で昼食を食べる為、非常階段へと足を伸ばした。

嫌われているわけでも虐められているわけでもない。ましてや友達が居ないわけでもないのだが、教室で食べるのも気が引ける為、彼は非常階段を昼食の場所としていた。

季節は一学期も終わりを迎える七月中旬。茹だるような暑さの中、エインの用意してくれた弁当を開ける。

中にはおにぎり3個と色取り取りのオカズの数々が小さな弁当箱に所狭しと敷き詰められている。


「ほんと、エインには感謝することしかできないよ」


毎日作る弁当の苦労も然ることながら、洗濯や掃除など家事を全て彼女一人に任せきり。

"それでは流石に悪いから"と言っても"綾也様の日常を守るのが守護者の務めですから"と聞き入れてもらえない。

そんな彼女の守ってくれている日常が「これ」じゃあな…と暑く照りつける太陽を見上げて、自分の不甲斐無さに呆れてしまう。


入学式のあの晩から、綾也は魔女たちの世界に全く関わっていない。

千夏は工房に入り浸り、お腹がすけば時々顔を出す程度で、会話などはほぼ皆無。

久しぶりに家で声をかけられたかと思うと「学校では私に話しかけないで」の一言のみという始末。

桐島先生とは学校で毎日会うけれど、屋敷に顔を出すことは無かった。

ある程度の覚悟をしていた綾也は肩透かしを食らったように拍子抜け、念願の高校デビューに力を入れるも空回りと、散々な1学期を過ごしていた。


「あらあら、便所飯ならぬ階段飯?」


声をかけてきたのは、ものの数ヶ月でクラスのマドンナ的存在にまで成り上がった千夏である。同じ学級委員長なのに綾也とは雲泥の差だ。


「学校では話しかけるなって僕に言ってなかったっけ?」


自ら卑屈になり、自分との差を感じてしまい不機嫌に答える綾也に


「言葉の意味を考えなさいよ。見てる人が居なければ別に良いのよ」


"バカね"と付け加えて千夏は笑う。


見るからに機嫌が良さそうな彼女にバカ呼ばわりされた綾也は、一層気分を害したようで


「用が無いなら僕は行くから」


と、腰を上げながら弁当を終いだす。


「用があるから会いに来てるんじゃない、私が用もないのに志筑君に声をかける訳ないでしょ?」


"バカなの?"と真顔で付け足す千夏。


「━━━…」


立ち尽くす綾也は、言いたい言葉を全て飲み込んで腰を下ろした。


「よろしい、それじゃあ早速本題なんだけど。夏休み、あんたに手伝ってもらいたいことがあるの、良いかしら?」


恐らくその手伝いの内容は魔術関係のことであることは雰囲気で分かる、しかし綾也には気になることがあった。


「それは良いんだけど、なんでわざわざ学校で?家で僕かエインに言えば良かったんじゃないの?」

「それは、その…あんたが学校をあんまり楽しめてないようだったし、なんとなく━━」


綾也にとってそれは意外な答えだった、つまり彼女は自分を心配してくれていたのだ。

もしかするとその「手伝い」とやらも自分の手助けは必要ないのかもしれない、それでも手伝わせてくれようとしている。

的外れな感動を覚える綾也をよそに


「ああもうっ、千鶴姉さんに頼まれたのよ!別にあたしがあんたを心配してる訳じゃないわよ!」


と捨て台詞を吐いて千夏は耳を真っ赤にして校舎に駆けて行った。

ヒューッと、夏真っ盛りの空には涼しげな風が吹く。


自己紹介では「俺」を連発して噛みまくり。

親睦会の遠足ではエインの作ったお弁当を犬から守るために闘い病院送りに。

レクリエーションの宝探しでは熱中し過ぎて女子更衣室に入り警察沙汰にまで発展しそうになるなどなど。

慣れない事をしていく内に次々と黒歴史を生み出して、「友達だけど深くは関わりたくない奴」とクラス内では評されて、もう随分と傷ついている綾也に彼女の言葉は止めを刺した。

"そっか、先生に頼まれただけ、か…そうだよね"と呟きながら、綾也は弁当の風呂敷の結び目を力ない指で精一杯縛った。



十数分前━。


千夏は桐島先生に呼び出されて職員室に来ていた。


「何か御用ですか?桐島先生」


校内では才色兼備の美少女と祀り上げられている千夏は礼儀正しく先生に伺う。


「志筑君についてだ。彼が最近クラス内で少々浮いている様に感じるんだが、何か知らないか?」


と先生は端的に要件を話す。


「なんだ、そんなこと?あいつ、似合わないことやって自分で墓穴掘ってるだけじゃない。ああゆうの、見ててイライラするのよね」


彼の名前が出た途端に露骨に嫌な顔を見せ、言葉も荒くなる千夏。


「そう邪険にするな、彼は千夏には必要な存在だ」


"要らないわよ"と即答する千夏に桐島先生は仕方なく提案する。


「それではこうしよう、夏休みに入れば千夏に仕事を頼むことにする、ただし、志筑君も一緒にだ」


"仕事"を貰えて喜ぶ者は普通は居ない。しかし、桐島先生の言う仕事というものは"魔女としての仕事"である為、千夏にとってそれは魅力的な誘いであった。

ただ一点、彼女にとって不必要なものが"おまけ"として付いて来るのはこの際目を瞑ろう。それぐらい千夏は"仕事"をしてみたかったのだ。


「その話、乗るわ!」

「そうか、それでは夏休みまでに志筑君には話を通しておいてくれ」

「わかったわ!」


溌剌とした返事をして、職員室を後にする千夏。

ルンルンと気軽なステップを踏みながら教室に向かい戻っていると、昼食をとりに行くであろう綾也を見かけた。

"別に心配とかじゃないけど"と誰に言うわけでもなく呟き、彼の後をつけていった。

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