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魔女見習いと高校生  作者: 珈琲肉
8/21

賑やかな朝

目が覚めると、そこは見慣れない天井だった。

"そっか、引っ越してきたんだっけ"とぼやける視界と回らない頭を回して答えを出す。

寝る前に設定しておいた目覚まし時計は役割を全うすることも出来ずに、いまかいまかと力の解放を待ちわびていた。

時計の針は6時半前を示している。ものの数分すればけたたましい音ともに時計は震えだす。

綾也はそっと目覚ましの設定をOFFにした━━。


欠伸をして身体をほぐす。

昨晩の出来事で疲れ切っていた身体は、若さのお陰かすっかりと元気になっている。

制服に着替えて部屋から出ると、階下からは美味しそうな匂いが漂ってくる。お腹をくすぐるその匂いに釣られる様に食堂まで行くと


「おはようございます、綾也様」

「おはよう、志筑君」

「おはよう」


そこには綾也の守護者と、担任と、同級生が食卓を囲むように座っていた。

この異常な状況に綾也が驚くことは無い。何故なら彼が昨晩目の当たりにした魔法や魔術と比べれば"そんなこともあるだろう"と許容できる範囲なのだから━━。

おはようございます。と冷静に挨拶を返して一つだけ空いている席に座る。


「━━で、何でお二人はここに居るんでしょう?」


許容できようとできまいと、意味が分からないことは尋ねる他無い。


「千夏をここに居候させてもらおうかと思ってね」


先生は事も無げに答える。


「え゛っ!?」


さしもの綾也もこれには驚きを隠せない。

若い男女が一つ屋根の下で━━という意味ではなく、彼女は自分のことを毛嫌いしているのは見て取れる。それは綾也に取って心地良いものであるはずもなく、先生の提案を飲む気にはなれなかった。

"千夏も了承しているよ"と付け加えられるものの、見るからに彼女は不機嫌な態度をとっていた。

これでは明らかにお互いに不利益を被る……僕らの関係は非常に悪いということに気付いて無いのか━━と先生を覗うと、閃く妙案!


「先生は生活指導でしたよね?高校生の男女が一つ屋根の下というのもどうなんでしょうか?」


自分の閃きに感動を覚えてしまってか、声には若干力が入る。


「その点は心配していない。君にはその度胸がないだろうし、例え力ずくになったとしても千夏が勝つ」


全幅の信頼を姪っ子に寄せるよう、自信満々に豪語する先生に綾也は言葉だけでなく、自信すら亡くしてしまう。

肩を落としながら俯く綾也に"私、一番奥の部屋貰うから"と千夏からは否定を認めぬ一言が飛んでくる始末。

一度言った言葉は覆せない、昨晩言った"僕に出来ること"にこの居候も含まれているのであろう━━と調子に乗った自分を諌めるように"はい"と力なく答えた。

そんな意気消沈している主人を気遣うように、エインは用意していた朝食を運んでくる。


「話は纏まったようですし、朝食にしましょう。千鶴に教えて頂いたこの世界の料理が皆のお口に合えばよろしいのですが」


並べられていく皿には見事な色彩。

白い皿の中心には黄色く浮かぶ三日月のオムレツ。

その月を引き立たせるように緑のブロッコリーと赤々としたプチトマト。

その横には唾液を刺激する油の垂れたウインナーが2本添えられていた。

焼きたてのようなホカホカの食パンは2等分されており、用意されたジャムも数種類。飲み物として用意されたのは珈琲で、苦みばしったその香りも食欲をそそられる。

そして見事なまでの朝食が用意された。

"すごい"と生唾を飲み込む綾也。これから過ごすことになる3年間でも自分では作れそうも無い朝食に感嘆の息が出る。

誰が仕切るわけでもなく、皆一様に手を合わせ"いただきます"と挨拶をした。


「━━ちょっとそれ取って」


千夏は綾也の前にある数種類のジャムの一つを指差す。


「これ?」


とりあえず綾也はピーナッツバターを差し出すも


「違うわよ、そっち」


どうやら違っていたらしく、変わりにブルーベリージャムを差し出す。


「これ?」

「なんでわからないのよ!それよそれ!」


1/3、1/2を見事に外し、最後に残ったストロベリージャムを差し出した。

ジャムを受け取った千夏は"なんでわからないのよ"と未だにぶつくさと呟いている。

ジャム一つ取るのですら一苦労する朝食は、意外にも綾也にとって気分の悪いものではなかった。


朝食を終えて"ごちそうさま"と食後の挨拶をして各々席を立つ。

エインは食器の片付けに台所へ、千夏は自室へと姿を消した。

綾也はというと、姿が見えない先生を探していた。

屋敷の中をあらかた見回るも見つけられず、外へ出ると意外にもすぐに探し人は見つかった。

先生は食後の一服をしている様だ。

言動も然ることながら、一服付く先生の姿は男の綾也から見ても格好良く男らしい。

女性にそれを言うのは流石に憚られる為、その言葉は彼の胸の内にしまわれる。


「志筑君か」


気配でも読めるかのように、先生は吐いた煙を見つめながら声をかけてくる。


「やはり、迷惑だったかな?」

「そんなことはないです。吃驚はしましたけど……だけど今はなんだか楽しいです、あんなに賑やかな朝は初めてでしたし」


"そうか"と笑いながら先生は煙草の火を消して綾也を見据える。


「千夏が迷惑をかけると思うが、仲良くしてやってくれ」


大人の女性に真摯に頼まれては彼も吝かではなく


「はい!」


と力強く返事をした。


「うん、よろしく頼んだ!━━ところで、時間のほうは大丈夫かい?」


と先生は自分の腕時計をとんとんと指差して告げてきた。

時計の針は7時を10分程過ぎている。

━━やばいっ、遅刻する!

この屋敷から学校までは徒歩で1時間弱かかってしまう。

墨横高校の始業時刻は8時丁度。今から出て走ればギリギリ間に合う時間。

入学早々遅刻者のレッテルを貼られるなんてのは御免被りたい。

綾也は"失礼しますっ"と頭を下げて屋敷の中へと駆けて行った。



木造建築の襤褸屋敷では声が響く。


「若葉さん!早く出ないと遅刻しちゃうよ!」

「うるさいわね、そんな大声出さなくても聞こえてるわよ」


慌てる綾也と、悠長に制服のリボンを触りながらぶつくさと文句を垂れる千夏。

その二人を見送りに、エインは"行ってらっしゃいませ"と頭を下げた。


「行ってきます!」


と、玄関を勢い良く開けて綾成と千夏は走り出す。


ときに、志筑綾也は意外にも負けず嫌いである。

前日の螺旋階段での敗北を彼は根に持っていた。

綾也の中学3年生時の50m走の記録は7.2秒。中学3年男子の平均は7.5秒なのでいくらか早い。

流石に学校までの距離も考えると、全力で走る訳にも行かない。

綾也は全力の半分程度のスピードで走る。

千夏は訳もなく後ろに着いて来る。

想定内、綾也は7割のスピードまで上げる。

千夏は涼しい顔で着いて来る。

……これも想定内、綾也は8割5分のスピードまで上げる。

千夏は笑みを零して着いて来る。

想定外!『綾也は全力でにげだした。しかし、まわりこまれてしまった』

"はあっ はあっ"と肩で息をしながら足を止める綾也。

「なによ、だらしないわね」と、汗一つかかずに彼に恥をかかす千夏。

そんな二人の背後から"ブッブー"と車のクラクションが鳴り響き、車は二人の横で止まった。

「乗ってくか?」と気障な台詞を吐いたのは、二人の担任である桐島先生だった。


「━━さて、ここからは歩いて登校してもらう。先生が生徒を贔屓する姿は良い様に映らないからね」


学校の近辺まで送ってもらい、人通りの少ない路地で綾也と千夏は車から降りた。

"それじゃあ教室で"と先生は一言言って車を走らせる。

それを笑顔で見送る千夏といまだ傷心中の綾也。

一人はカツカツと、一人はトボトボと歩き始めた。


二人が教室に着くとそこは賑わいを見せていた。

飛び交う話し声、意気投合したであろう男子達は力比べに腕相撲、携帯を交わして連絡先を交換する女子グループ。

皆一様に新しい高校生活に火をくべるかの如く積極的に動いているようだ。

その光景に綾也は自分の目的を思い出す。

"そうだ、目的を見失うな"と自分に言い聞かせながら背筋を伸ばす。

自分の席へと着席し、鞄から教科書とノートを机に放り込む。

"よし!誰かに朝の挨拶をかけよう、そこから始まる出会いに賭ける!"と意気込んでいると


「おはようさん」


意外にも、気さくな挨拶をかけられたのは綾也であった。

声は綾也の席から右斜め前の席の男から……そう、入学式早々"バカ"のレッテルを貼られた「立花 良」だった。

"おはよう"と挨拶を返し、椅子を抱きかかえるように座る些か態度の悪い男を綾也は訝しむように見つめる。

若干赤みのかかった髪を無造作に跳ねさせて、整えられた眉は随分と薄く吊り上がっている。

制服はだらしなくネクタイを緩めていてどこか涼しげだ。

彼、「立花 良」はその外見同様、綾也とは少し毛色の違う人間。

そんな彼が何故自分に声を?という綾也の疑問に答えるかのように彼は喋りだした。


「志筑君だっけ?若葉さんとは一緒に教室に入ってきたみたいやけど、やっぱ委員長同士気でも合う感じ?」


"ああ"と一人納得する綾也。

つまりはそうゆうことで彼は彼女が気になっているということ。

━━確かに、彼女「若葉 千夏」は十人中十人が美女と答えるであろう美女である。そこは綾也も同意せざるを得ない。

ただ、「立花 良」の"気が合う"という質問には断じてNOと答えるほかは無かった。


「気が合うってことはないかな、たまたま教室に入るのが一緒になっただけだし」と、綾也は作り笑いで嘘を吐く。


これは彼の処世術。無闇に火種を蒔かず、芽が出る前に摘むように生きてきた綾也にとっての極自然な対応。

"こんな自分を変えたくてわざわざ遠くの高校に来たはずなのに"と条件反射のように出た嘘と作り笑いに嫌気が差す。

そんな綾也の心の葛藤など知る由もない立花は"そっか"と、つまらなそうにくるんと椅子だけをそのままに身体を背けた。

素っ気無い立花の態度に苛立ちを覚えたわけでもなく、"はぁー"と綾也は自分自身にため息を吐いた。

こんな調子で変われるのか?という不安に駆られる彼を、千夏は一番後ろの席から冷めた目で見つめていた。

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