魔力吸収
既に時刻は零時をゆうに回っていた。
人工的に彩られた光の住人達も息を潜める様に姿を消し、暗闇を恐れるかの様に建て付けられた数多の電柱は、意味も見つけられずに夜道を照らし続けている。
そんな街中からでは見ることの出来ない幾千に輝く星空を見上げているのは綾也とエイン━━。
何を話すという訳でもなく、二人は星空を見上げている。
そんな二人に掛かる声。
「星が珍しいかい?」
声のする方へ視線を向けると、少女を抱きかかえ歩く魔女の姿。
腕の中で蹲る少女は眠っているようだ。
その視線に気づき「千夏の召喚は成功したよ。今は疲れて眠っているだけさ」と魔女は付け足すように説明する。
別に綾也は彼女の心配をしたわけではないのだが、魔女の腕の中で眠りこける少女に見蕩れてしまうのは男の本能故か━━。
「志筑君、私は生活指導も担っていてね。千夏に触れれば君の命の保障は致しかねるよ?」と悪戯に笑う。
いやいやいや、と腕を振り乱して身の潔白を証明する綾也をよそにエインは千夏をしばし見つめていた。
「確かに、彼女は危険です」
流石はエルフといったところか━━、と呟きながら魔女は千夏を腕から優しく地面に下ろした。
仰向けに横たわる千夏は慎ましい胸を上下させながらスゥスゥと寝息を立てている。起きる気配は微塵もない。
「見たまえ」
どこもかしこも健全な男子高校生の綾也にとっては刺激的な光景であったが、綾也の視線は彼女の身体とは違う場所へ移動する。
彼女の周り、横たわる地面の草が力なく枯れ始めていく。
それを見てエインはポツリと呟いた。
「魔力吸収ですか」
「そうだ、しかも天然のな……千夏が自ら魔力を生成できるのは極僅か、大気や大地、生命からしか供給できないんだ」
説明する魔女の口は明らかに重い。
「制御することは?」
「難しいな、前例が無いんだ。抑えつけるのに千夏自身の魔力を使う。吸収した魔力はそれには適していないときたものだ。つまり千夏自身の魔力が尽きれば自動で発動してしまう」
"お手上げだよ"と言わんばかりに両手を広げて首を振る魔女。
「だが、今のところは……という話なだけさ。普段の生活に支障はない。私は千夏を助けたい、その為に君達に協力を頼みたいのだ」
先程までの弱気な発言は完全に消え失せ、魔女の眼には力が戻っている。
"そういうことなら"と、流され続け自分の価値を見失っていた綾也にとって、初めて自分の意思で行動を取ることができる。
「僕に出来ることなら手伝わせてください!」
彼の言葉にエインも続く。
「綾也様がそう仰られるのであれば、私も協力させて頂く」
"ありがとう"と一言感謝を述べて魔女は深く頭を下げた。
━━といっても、綾也は何をどうすれば良いのかは理解できていない。
頭を下げている魔女に対して、彼はどう伝えれば良いのか悩んでいた。
その主の悩みを汲み取り、エインは魔女に問い掛ける。
「具体的には、私達はどのようなことをすれば良いのだろうか?」
魔女の答えは意外なものだった。
"千夏と一緒に高校生活を過ごしてしてくれれば良い"
なんとも単純で素朴な答えに戸惑いを覚えるエインと綾也。
「志筑君、君はこちら側に来る必要は無い。魔術を知ったとしても、君自身の日常まで変えることはない」
そう彼に告げて、魔女はどこからともなく箒を取り出し千夏を抱え上げた。
箒は不可思議にも宙に浮かんでいる。それに腰を乗せて魔女は空へと浮かんでいく。
「今日はもう遅い。明日また、学校で会おう」
別れの挨拶を返せないまま、魔女は空を駆けていく。
星空を駆ける魔女の影は、さながら童話の世界の光景で、絵本の中に迷い込むように眠気を誘ってくる。
「帰ろっか」
「はい」
そうして綾也とエインは襤褸屋敷へと帰っていった━━。
*
「じゃあ、ここがエインの部屋ということで」
エインの部屋は綾也の部屋の隣の一室。使い道ができたと喜ぶ綾也にエインは感謝を述べた。
「ありがとうございます。それで、綾也様━━私はどのようなことをすれば良いのでしょうか?」
綾也にとって守護者(使い魔)の役割は聞かされていない。
「そ、そうだね━━。うーん、家事とか?」
彼が思いついたのは家政婦的存在。つまりはメイドである。
「承知致しました。それでは明朝、朝食の準備をしておきます」
"本当にこれでいいのかな"と思いつつも綾也は眠さに負けて思考を停止する。
「ありがとう、それじゃあ、お休みなさい」
「お休みなさいませ」