修行
生い茂る草は行く手を阻み、雄々しく伸びる枝木を四方に広げて陽の光を遮る木々は人の手が加えられていない証拠だ。
そんな道とは呼べそうもない山道を綾也は歩いていた。
もう随分と慣れたはずである山道を進む彼の足取りは重く、その後ろを歩くエインは何も言わず三歩程退いた距離を保ちながら付いてくる。
そんな時代遅れな明治・大正時代の古い文句を一体どこで覚えたのやら━━と、心当たりはあるのだがそのことを口にすることはせず、綾也はこれから自身に待ち受ける運命に対してため息を零す。
綾也は既に満身創痍とまでは行かずとも疲労困憊である。千夏との組手で魔力の殆どを使い切ってしまい魔力切れ状態、つまりは身体は気怠さに覆われている。その様な状態で"悪魔と戦って頂きます"と言われたのだからたまったものではない。しかし、それはきっと彼自身に必要なことであるのは確かだった。
恐らく望めばエインも"今日のところは"と休息を提案してくれるだろう。などと自身の心の内の悪魔が囁く。そんな甘い囁きを斬って捨てるのは容易いことではないのだが、綾也は使命感にも似た感情でその悪魔をため息と共に吐き捨てて重い足を進めた。
視界も悪く、薄暗い道を歩いて数十分程。森を抜ければ千夏に聞いた通り随分と開けた山岳地帯が広がっていた。不自然に盛り上がった陸地には草木の緑は一切無く、灰一色の岩石が転がるその場所に座る目的の男を見つけた。
男は遠目からでも見える大きな口を開け欠伸をしているようで。こちらに気づいてはいるようだが、興味がないのかその場から動く気はないらしい。
綾也は一歩ずつ、緊張しながらも男の前へと歩んでいった。
「なんや坊主。お嬢も連れずここに来たゆうことは話付けれんかったんとちゃうんか?」
「いや、話は付いて協力できることにはなったんですけど……」
「━━なんや、ならお嬢連れて来んかい。坊主一人で何が出来る言うんじゃ」
「その、修行を付けてもらいに」
「修行ぅ?お前の特訓はそこのエルフの姉ちゃんが任されたんちゃうんかい」
ドスの効いた重い低音は綾也を威圧する。
うう、だからこの人に会いに来るのは嫌だったんだ━━と、苦手意識と恐怖で押し黙ってしまう。
「その件は私が説明させてもらいます」
ズイと主人である綾也の前に出るようにエインは説明を始めた。
「綾也様は魔力制御は既に修めつつあります。ですので次の段階である魔力感知の特訓をするにあたり、悪魔の協力が必要なのです」
「魔力感知の特訓?そんなもん魔石探しでもさせてりゃいいだろうが」
「それでは戦闘経験も積めませんし、何より緊張感が足りません」
「それで俺様を相手にすると?」
「はい」
「エルフの姉ちゃんじゃ駄目なのか?」
「私には綾也様を傷つけることなどできませんので」
「━━はぁ。融通の効かない姉ちゃんだ。まあ良い、坊主がお嬢に協力するってんなら俺様が手を貸すのも筋ってもんか」
後ろ頭をぼりぼりと掻きながら、話の落としどころを見つけたラウムはバンっと掌を膝に打ち付けゆっくりと立ち上がる。男子高校生の平均身長170cmよりか少しばかり高い身長の綾也も見上げるその巨漢は仁王立ちで威風堂々と啖呵を切る。
「やるからにゃお嬢の足を引っ張ることは許されねー!命の保証はしねーが死ぬ気で強くなりやがれ!」
その言葉は脅し文句にも似た声援。それを分かってか否か、綾也は"押忍!"と声に力を込めて構えを取る。
「修行ですので命の保証はして頂きたいものですが…悪魔にそれを言うのも違いますか。私がどうにかします。綾也様は魔力感知に集中して下さい」
そう言い残し、エインの身体は風に包まれ宙を舞って二人から距離を取る。それをジト目で見やるラウムはボソっと"過保護者め"と呟いた。
「ふん、━━まあ良い。お嬢が協力を許したってその実力見せてもらうぞ」
大仰に拳を鳴らし、ラウムは綾也との距離を詰める。
それを向かえる綾也は腰こそ引けてはいるものの、エインに教わった要領で相手との距離を測る。
利き腕は前へと構え、足は肩幅以上に開く。腰を落とすように重心を膝へと預け踵を気持ちばかり浮かせる。
回避行動に主軸を置いた綾也の構えは存外様になっている。




