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魔女見習いと高校生  作者: 珈琲肉
2/21

一番運の良い男女

ちょっとした進学校「墨横高校」の入学式は4月6日。


今から丁度一年前。彼はこの屋敷にやって来た。


密かに高校デビューを目論む「志筑 綾也」(しづき あやなり)は、地元から離れた高校である「墨横高校」を受験し合格。

一人暮らしの切符を手に入れ、不動産屋に頼み込み、古くて交通の利便性は無いが格安で入居できる借家を確保。

こうして彼は希望に満ち溢れた新生活を整えた。


「ここが僕の、いや、俺の新しい家か」


"はぁー"と感嘆の声をあげながらこれから住む住居を見渡す。


庭木は茫々、壁は皹割れ、哀愁を誘うように木造建築の屋敷からは軋む音が泣き声のように聞こえてくる━━詰まる所、人の生活感は一切排除されている。


「こういうのも風情があって良いよね」


中学生がその日覚えた英単語を使うかのように、"風情"という言葉を使ってみただけなのだが、彼にとってそれは存外心地良く、少し大人になった気さえさせてしまう。

高校生の男子一人で住むには些か広過ぎる物件なのだが、山の中腹に位置していること、年期がかなりはいっていること、とある曰く付きだということが重なり、入居希望者も無くかなりの格安で入居できたのだから不満もない。

傍から見れば襤褸屋敷。

それでも彼にとってここは「楽園」となる予定なのだ。


「おーい、そろそろ入学式行くぞー」


車のクラクションを鳴り、父親から声がかかる。


"今行く"と返事をして綾也は車へと駆けていった。



*



━━有り余る活力を持った若き学生達にとって、入学式という畏まった行事は退屈でしかない。


「校訓?なにそれ初耳」

「校長ハゲてる」

「あー、だりぃー」

「デュフフ フォスフォス」


皆思い思いに罵詈雑言を撒き散らす。

綾也はこれから共に3年間を過ごすことになる学友達を横目で眺めていた。

高校デビュー。それは彼の目標であり、わざわざ他県のこの学校に来た意味でもある。

自分の知らない土地。知らない人間の中で新しい自分をつくる。

中学生までの彼は比較的に大人しく目立つことも無い、クラス内カーストでも中の中程度。

そんな半端な自分が嫌で変わりたかった。


(やる、僕は…いや、俺はやるぞ!)


新たに決意を固めた頃には、長かった校長先生の話も終わりを迎えていた。

入学式が終わり、事前に発表されていたクラスに新入生達は移動する。

綾也のクラスは1年E組。

教室に入ると、既に席に着いている生徒達もちらほらと見える。中学が同じな生徒達も多いらしく、皆一様に談笑している。

綾也の中学からこの墨横高校に来た生徒は居ない。

誰も彼のことを知るものは居ない。

彼が知る誰かも居ない。

プラスもマイナスもないゼロからのスタート。

その事実に興奮を覚えながらも、弾む心を抑えて綾也は自分の席へと着席する。

生徒達の保護者も教室に入りだし、教室内の話し声は一層騒がしさを増していく━━


ガラガラッ。


教室のドアが開き、スーツ姿の茶縁眼鏡をかけた女性が教壇に立つ。

バンッと片手で教壇を叩く音は教室内に響き渡り、一瞬の静寂を生んだ。


「はい、それでは始めて行きましょうか」


間髪いれずにスーツ姿の女性は黒板に向かいチョークを滑らせる。


"桐島 千鶴"


とだけ書かれた黒板をこれ見よがしに見せ付けて


「私が1-E担任の桐島 千鶴です」と自己紹介をした。


「桐島先生以外の呼び方は認めん。異議反論不服申し立ても許可はせん」


ニコッと爽やかで有無を言わせぬ笑顔を生徒共々親御さんにまで投げかける。


"異議ありっ!"


空気を読まない奴はどこの学校にもいるようで━━。

高々と手を上げて立ち、抗議するのは綾也の席から右斜め前の男子生徒だ。


「えーと、お前は……立花 良か。よし、お前はバカなんだな」


ドッと教室内は笑いの渦に巻き込まれる。バカ呼ばわりされた「立花 良」ですら笑っている。

親御さんの居る前で生徒をバカ呼ばわりする先生も凄いが、あの空気の中、意に介さず空気も読まず発言できるこの「立花 良」に綾也は感心してしまう。

綾也が目指している高校デビューは不良になることではなく、彼のような明るい人物になること。

ただ笑って高校生活を送りたい。人の目を気にして合わせることに彼は慣れ過ぎてしまっていた。そんな自分を変えたいが為の高校デビューの決意なのだ。


桐島先生は再び教壇を叩き高校生活の心得を説きだす。

その手際は見事で、一度熱の上がった教室の喧騒を物ともせず、校長が見習えばいいのにと思う程、丁寧かつ簡潔に話を進めていった。


「さて、それでは最後にこのクラスの学級委員を決めたいと思う」


その発言には今まで静聴していたクラスのほとんどがざわめきを隠せずにいた。

自己紹介をしたのは桐島先生だけで、未だ名前も知らないクラスメイト達がほとんどなのだ。


「喚くなガキ共。よし、そうだな。推薦や立候補ではつまらん、この中で一番運の良い男女2名に決めよう」


今閃いた様に喋る桐島先生は教壇から事前に用意していたであろう四角い白い箱を二つ取り出した。


「この箱の中には☆マークの付いた紙が一枚ずつ入っている、他は白紙だ。その☆マークを引いてしまった奴らがこのクラスの学級委員とする」


もうこの人「引いてしまった」とか言っている、とクラスの半数以上が目で訴えていたが先生は無視を決め込んでいる。

画して、一番運の悪い男女2名を決めるくじ引きが始まった。


━結果


男子学級委員「志筑 綾也」


女子学級委員「若葉 千夏」


*


夕焼け空は茜色に染まり、夜の訪れを告げるように陽は顔を隠し始める。


入学式を終えた綾也は父親と共に襤褸屋敷へと帰ってきた。

トランクに積み込まれた家財道具を屋敷へと運びながら、父親は笑いながら語りかける。


「しかし面白い先生だったな」

「そだね、でも学級委員には正直なりたくなかったよ」

「そうなのか?まあ父さんは学級委員をやったことはないが、意外と面白いかもしれないぞ?」


無責任な発言をする父親に対して息子の綾也は不機嫌そうな顔で反抗する。


「ははっ、そう嫌な顔をするな。世の中やってみないとわからないことだらけだ。お前の一人暮らしだってそうだぞ、楽しいことばかりじゃない。けどな、お前が一人暮らしをしてみたいって言った時は父さん正直嬉しかった、お前が親に甘えることなんて滅多になかったからな」


綾也の頭をぐしぐしと掻きながら父親は優しい笑顔を見せる。


「そんなことないよ」


その手を払う綾也は、年相応の子供らしい態度で照れ隠す。

そんな親子の会話が織り成されながら、彼らは荷物を運んでいった━━。



━━山の日没は、季節が春を迎えていたとしても早い。

目立ちたがりの一番星は、蒼さの残る空に浮かんでいる。


「…ふぅ」


一通りの荷解きも済み、居間で親子二人は腰を落ち着かせていた。

荒れ果てた外見とは裏腹に、屋敷の中は掃除が行き届いており、生活するには特に問題は無い。


「さて、飯でも作るか」


思い出したように立ち上がり、父親は台所へと向かう。

その背中を不安そうに見送る綾也。

綾也の実家では基本的に料理は母親が作る。

父親が料理を作ってくれたのはいつだったであろうか。すぐには思い出せないことからかなりの時が経っていることは明白だ。

少し不安で、少し楽しみにしながら料理ができるのを待つ。


━━意外と料理というものは時間がかかるようで、綾也の「まだ?」という発言は2回目を迎えていた。


暇を持て余した綾也は何度目かの家の散策を始めた。

一人で住むには広過ぎるこの襤褸屋敷は2階建て。

1階には居間、食事室、台所と、所謂LDKが揃っている。

2階には3部屋もあり、綾也には持て余す他ない。

1部屋は寝室として使う予定だが残りの2部屋は使い道が見つかっていない。


「まあ、広過ぎるよね」


一人暮らしには持て余し過ぎる屋敷の広さに、分不相応差を痛感させられる。


「ご飯できたぞー」


1階からは夕食の声がかかる。

いつかこの2部屋にも使い道を見つけてやろう。そう思いながら綾也は1階へと降りて行った。

食卓には二つの大きな丼が「どんっ」と置かれている。

丼の底に眠っているであろう米は姿を見せず、丼を覆い尽くすのは肉の塊。

薄茶色の肉の中心に神々しく輝く温泉卵が一手間のこだわりを見せていた。

これぞまさしく男飯!


父親は得意げな顔を見せて着席を促す。

未だに湯気を滾らせている丼は、綾也のすきっ腹を刺激する。


「いただきます」


両手を合わせ、この世の全ての食材に感謝を込めて挨拶をした。


男飯とは━━手軽さ、満腹感、そして美味しさを追求してできた料理である。総じて、旨い。

不味い男料理は男飯ではない。男が作った不味い飯である。

例に漏れず、父親の作った男飯を綾也は瞬く間に平らげた。


「ごちそうさま」


満腹感と幸福感。その両方を手に入れた綾也は元々緩んでいる顔をさらに緩めていた。

その表情に満足がいったのか、父親もその姿を同じように緩んだ顔で眺めている。

静かに、そしてゆっくりと至福の時は流れて行く━━。


「それじゃあ、父さんは帰るけど戸締りはしっかりな。それと生活費は毎月一日に振り込むから、あとは━━」

「大丈夫だって」

「そうか━━。そうだな。とりあえず、何かあったらすぐに連絡しろよ」

「わかった」


三度振り返る心配性な父親を見送り、綾也は居間へと戻ってきた。

米粒一つ残っていない丼を二つ重ね、台所へと持って行き水で漱ぐ。

流れ出る水は凍えるように冷たく、指の感覚を奪っていく。

皿洗いも楽じゃない、とこれから先に待ち受ける家事に不安を抱きながら蛇口を固く閉める。

皿洗いを終えた頃には、冷え切った手は桃色に染まっていた。

はぁーっと息を吐きかけ、手を擦り合わせて暖める。

幾分か感覚を取り戻した手をポケットに入れると、中には何か紙切れのようなもの━━、取り出してみるとそれは強運(悪運)の証である☆マークの付いた紙切れであった。


今思い返してみても、自分の運の悪さには苦笑いしかでてこない。

1クラス40人の半数、男子20人。

1/20を引き当ててしまった自分が恨めしい。

委員長とは詰まる所貧乏くじ。ああ、だからくじ引きで決めたのだろうか……。

一人、言葉遊びをしながら紙切れを見つめ、ため息をついた。

そのため息が壮大であったのか否か、紙切れは掌から零れ落ち、風に乗って宙を舞う。

ゴミはゴミ箱に。なんて思った訳でもないのだろうが、綾也はその紙切れを追った。

落ちそうで落ちない。異様な間隔で飛ぶその紙切れの終着点は意外なところだった。

━━否、意外という言葉ではなく異様。

何度か見回ったこの屋敷で、彼の知らない扉がそこにはあった。

歪な模様をした扉には錆付いた取っ手が取り付けられてはいるが、来訪者を拒むように固く閉ざされている。

恐怖心より好奇心。稀にではあるが、時として人間はそちらが勝るときがある。

この襤褸屋敷は曰く付きである、その曰くというものが幽霊や事故であったのなら、彼も恐怖心が勝っていたであろう。

しかし、この襤褸屋敷で出ると噂されているのは魔女である。不動産屋も面白いもので「魔女と会えるかもしれない物件」と謳っている。

人気もないことから善良な魔女とは予想されないが、綾也には興味を引かれるものであった。

偶然見つけた扉ではあるが、そこは彼が何度も通ったはずである通路にある。

魔女なんてものは信じてはいないが、明らかに不自然で異様な出来事。彼には説明できるはずもなく、まじまじと扉を見つめる━━。


「うーん……」


ひとしきり悩み、考えてはみたものの答えは出てきそうもない。

綾也は頭が良い方ではない。墨横高校への受験もかなり無理をして偏差値を上げてのギリギリの補欠合格。


「……まあ、いっか」


そして楽観的でもある。

父親の言っていた「やってみないとわからないこともある」を体言しようとする訳ではなく、只大丈夫だろうと、何の確証も無いまま彼は取っ手に手をかける。


「ふんっ」


重い扉は力を入れてみたもののピクリとも動かない。

今度は腰に力を入れ身体全体を使って引っ張ると、"ギギィ"と気味の悪い音をたてながら扉は口を開くようにゆっくりと開く。

地下へと続く暗闇に、等間隔に浮かぶ青い炎が微かな灯火で奥へと続く石段を照らしている。

不気味で悪趣味な階段は、隠れていた彼の恐怖心を呼び戻す。

嫌な予感しかしない━━。ゴクリと生唾を飲み込み、再び好奇心と恐怖心とを天秤にかける。

今度ばかりはやや恐怖心に傾いたようで、綾也はその場でへたり込んだ。


「懸命な判断ね」


不意に背後から声がかかる。振り向くとそこには墨横高校の制服に漆黒のローブを羽織り、小さな顔に不釣合いなほど鍔の広い三角帽子を被った女の子が立っていた。

ジロジロと綾也を見回す彼女。

綾也は彼女の名前を知っていた。なにせクラス内で一番運の悪い男女にお互い指定された身であったのだから。


「わ、若葉 千夏さん?」


口ごもるように吐き出した台詞は彼女の耳には届かなかったようで、彼女は頻りに辺りに目を配りながら"ふむふむ"と一人頷き続ける。


「まあいいわ、どうせあの人の差し金なんでしょうし。あ、それとフルネームで呼ぶのはやめてもらえる?志筑 綾也君」


皮肉の篭ったその台詞を皮肉とは受け取らず、綾也は考える。

戸締りはしていたはず、なんで入ってこられたんだ?それに彼女の如何にもな格好。私は魔女ですって公言しているようなものじゃないか。彼女がこの襤褸屋敷で噂されている魔女なのか?差し金?あの人?

ぐるぐると思考は廻り、綾也の頭は混乱していく。


「立つ!」


凛とした声で命じられ、不覚にもその場に直立し背筋を伸ばす綾也。


「走る!」


流石にその命令の先が扉の奥を指し示すものであったため、綾也は戸惑いを覚えて、確認のため引きつった笑顔で振り向きながら指を扉へと向けて問い返す。

ニコッと満面の笑みでその問いに答えかける彼女。


「走る!」


再び掛かる命令。ひぃっ、と情け無い声を上げて綾也は駆け出した。

石段を照らす炎は青白く足元は心許無い、脇目も降らず一心に階段を駆け下りてゆく。

長く続くその螺旋階段は綾也の心を削りつつも、終着へと辿り着いた。

目の前にはまた扉。その扉には看板が取り付けられており、そこには「Welcome to the hell」と書かれていた。

直訳すると「地獄へようこそ」。

綾也はこの扉は開けてはいけないものだと確信する。こんな看板を立てる人物は色んな意味で危険だ!と彼の中の警報が鳴り響いている。


「なに突っ立ってるのよ」


かなりの速さで駆け下りたつもりが、彼女は息一つ切らさずに背後に立っていた。

男として女性に負けた悔しさ半分、これから待ち受ける運命に対する悲しさ半分で、綾也は涙ながらに受け入れて扉に手をかけた。

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