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魔女見習いと高校生  作者: 珈琲肉
16/21

魔力切れ

翌日、早朝。

昨日の苛酷な特訓のお蔭もあり、自分の部屋に戻ると同時にベッドに倒れるように眠りについた綾也は随分と早い朝を迎えた。

しかし、タオルケットを腹にかけた彼が起き上がる気配はない。

瞼を薄く開けて天井を見上げる綾也は身体に違和感を覚えていた。

睡眠は十分に取れている、寝起きながらも頭も冴えている。久方振りに全力で動かした身体も筋肉痛という程でもない━━言葉にすれば"怠い"の一言に尽きる。


なんだこれ…身体に力が入らない、上半身を起こすのも一苦労だ。

薄暗い部屋を見渡して時計の時刻を確認すると午前6時前。流石にエインも起きてはいないだろう…

鉛のように重い体を何とか動かし、音を殺しつつ部屋を出る。

古い木造建築ということもあって、階段の段差一つを降りるごとにミシリと小さな悲鳴を上げる。普段なら気にならない音もエインを起こさないように気遣う彼にとっては心労に堪えない。

いつもの数倍の時間を費やして1階に辿り着く頃には彼の肉体と精神は著しく削られていた。しかし、最大の難関であった階段はクリアできたと胸を撫で下ろす綾也は、丁度屋敷に帰ってきたであろう千夏と出くわしてしまう。


「あんた、なにやってんのよ」


恐らく先程までの彼の行動を見ていた彼女は汚物でも見るような目で問いかけてくる。

確かに傍から見れば抜き足差し足で階段を下りてきた不審者なのだが、彼からしてみれば良かれと思ってやったことである以上、後ろめたい気持ちもない為正直に答える。


「こんな時間から大きい音を出すのは良くないから。若葉さんは今帰り?」

「あっそ、それは殊勝なことで━━。私今から寝るからその心がけ忘れないでね」


そう言ってシッシッと払うような仕草で綾也を退かせる千夏は階段を上がっていく。その足取りは随分と重そうで、汚れたローブにすれ違いざまの血の匂い。彼女の特訓も苛烈さは想像に難くない。

これは絶対に物音を立てる訳にはいかないな、と思うと同時に彼は思い出す。

目覚まし時計のアラームを切っていない━━。

気怠い身体に鞭を打って、彼はまたかなりの時間をかけて階段を往復した。


居間の椅子に腰を掛け、だらしなく上半身をテーブルに預けてため息を零す。


「はぁー、ダルい」


この倦怠感はどうにも抜けそうにない。空腹によるものだろうか?などと何の理由もなく決めつけて冷蔵庫へと向かう。

中には卵が数個、薄切りベーコンが数枚、レタスが半玉と寂しい有様だった。

買い物にも行かないとな、とまた一つため息をついて卵とベーコンを取り出す。

綾也の料理のレベルは中学までの家庭科程度。それでもベーコンエッグくらいは作れるだろうと準備を始めた。


結果から言うと失敗である。

パキパキに身を縮こまらせたベーコン、目玉焼きは固焼きとは名ばかりに焦げついていた。

唯一の救いがあるとすれば、トースターで焼いたトーストは綺麗に焼きあがったことくらいか……

一人暮らしの経験があるものならば一度はするであろう料理の失敗は、不味さと共に経験となる。

彼もまた己の不出来な料理に苦笑いを浮かべながら口へと運んだ━━のだが、その焦げ付いた料理は彼の口に入ることはなく、変わりに一枚の黒い羽根が口へと入る。

非常に舌触りの悪い感触に襲われ反射的に吐き出すと、その羽根の持ち主である真っ黒な烏は同じように真っ黒焦げのベーコンエッグを咥えながら"だはは"と笑っていた。

首を撓らせ勢いをつけて黒い塊を器用に頭上へと投げると、大口を開けての一飲み。


「不味っ!!」


喉元を過ぎ去った強烈な焦げの苦さに悪態を吐きバサバサと宙を舞う烏は綾也を睨みつける。


「いや、それは流石に理不尽が過ぎ━━」


綾也の必死の抗議も意味を成さず、烏は鋭い嘴で彼の寝癖がかった頭を突きだす。


「痛い、痛いですって!」

「うるせー!俺様にあんな不味いもん喰わせやがって」

「あれは僕が処理するつもりで居たんですって!それを勝手に━━ってあれ?」


不意に頭を襲う刺突から解放され辺りを伺うと首根っこを掴まれた烏が力なく舌を垂らして気絶していた。


「朝から随分と騒がしいですね。しかしこの悪魔は綾也様に対して無礼が過ぎる様です、千鶴の使い魔ということで見過ごしてきていましたが今回ばかりは看過できません」


そう言ってスラリと腰に掛かった細身に剣を抜いてエインは烏をその場で放り投げて滅多斬りにする。

幾片に切り刻まれたのか定かではないがボトボトっと肉片が床に小さな山を作った。


「━━これ大丈夫なの?」

「問題ありません。我が主に対する無礼には制裁を以て然るべきです」

「いや、そうじゃなくて……死んでない?」

「殺しております。然しながら悪魔に対して殺傷は余り効果的な処罰にはなり得ませんが」


そうエインが言うと同時に小さな肉片の山はムクムクと膨れ上がり再び烏の形を成す。


「おいこら!痛えじゃねえか!」


先程の惨殺を「痛い」で済ませてしまう悪魔は翼を広げながらエインを糾弾する。


「そんなことよりも早く要件を言いなさい、悪魔」


剣先を烏に向けて鋭く見下ろすエインからは綾也でも分かるほど殺気が滲み出ていた。


「お、おう。そうだな」


両翼で空を仰ぎ無抵抗を示す烏はトボトボと綾也の足元に近づいて「お前の使い魔冗談通じねえぞ」とどこまでが冗談なのか分からない愚痴を零す。


「守護者です!」

「わーったよ!その守護者様にも忠告だ!姐さんからは坊主とお嬢との共闘の話は聞いてる。その件では守護者のアンタの加勢は不可だとよ!」

「━━そうですか。ある程度予想はしていましたがこれは綾也様と千夏の特訓であるので仕方がないでしょうね」

「大体、まだこの話はお嬢に通してねえんだろ?ま、お嬢が坊主みたいな戦力にもならない奴と共闘するとも思えねえけどな」


挑発的な発言をする悪魔の言葉に綾也は納得してしまう。━━全くもってその通りだ。昨日の特訓では未だに魔力制御を会得できるには至らず……綾也の身体の方が先に音を上げてエインのストップがかかった始末である。

本当に僕は彼女の力になれるのだろうか?と自分の手を見つめる。


「今のままでは━━というだけの話です。綾也様」


心配そうに見つめるエインに手を差し伸べられて立ち上がると弱気になっていた自分に活を入れるように頬を叩く。うん、弱音を吐くのはやることをやってからだ!拳を握りしめて自分に言い聞かせた。


「それはそうと、体調に変化はございませんか?」

「ん━━。朝からちょっと身体が怠いくらいかな」

「昨晩魔力を使い果たしてしまったせいでしょう。特訓は休養を挟んで明日からとしましょう」


意気込みの出鼻を挫かれてしまい意気消沈する綾也。その様子を「だはは」と笑っている烏は再び宙を舞っていた。

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