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魔女見習いと高校生  作者: 珈琲肉
12/21

100%無理っすね

既に魔力は底を尽いている。生命維持のために自分の意思とは関係なく発動する"魔力吸引"のお陰もあり、なんとか水面に上がり酸素を取り込む。

無茶をし過ぎた身体は取り込む魔力で自動的に治癒が始まってゆく。風穴の開いた腕も塞がり始め、切り傷を負った肌も再生する。

川岸に辿り着くとエインと綾也が足早に駆け寄ってきた。


"お疲れ様"と綾也は千夏に手を差し伸べるが、それを一瞥して無視する千夏。

何も言わずに川から上がり、身体を預けるように木にもたれかかる千夏の表情は、彼にはひどく痛々しく見えて仕方がなかった。

彼女の歩いた道の草は枯れ、支える木も葉が色を変え枯れ始めている。


「綾也様、千夏はいま━」

「うん、分かってる。近づいただけで眩暈がしたし」


彼女は常に人との接触を極端に避けている。

最初は自分に触れたくないからと思っていたのだが、体感してみるとわかる。近づいただけでこの有様なのだ、接触などしようものならどうなるのか考えただけでも背筋が凍る。

それでも、先程の彼女の表情に比べればどうということはないと彼は思えてしまった━。


傷の治癒に膨大な魔力行使をする千夏の肩に何の気なしに烏が止まり、翼を広げて陽気に喋りだす。


「お嬢!元気がありませんねい?」

「疲れてるだけよ、それよりあんたなんでここに居るのよ」

「それが聞いてくださいよ!今日は天気が良いんでね?空を散歩してたんすけどね、いきなり地上から石つぶてが飛んできて胸を貫かれましてね!心臓一個つぶされちゃいましたよ!」


だはは、と笑いながら喋る烏。

その犯人に心当たりがあるものの、そういう気分になれない千夏は"ふーん"とだけ相槌を打つ。


「まあそれは良いんですけどね!お嬢が見えたから飛んできた訳なんですけど、魔力が切れているようなんであっしの魔力をと思いましてね!」

「━━ありがと」

「いえいえいえ、お嬢のためならあっしの命いくらでも使ってくだせえ!あ、ちなみに心臓は七個ありますんでご心配なく!」

「悪魔相手に心配なんかしないわよ」


烏の陽気さからか、ある程度の口の悪さを取り戻す千夏。心なしか冷め切った表情にも明るさが戻ってきたようにも感じられる。

そんな一人と一羽を見つめる少年はある決意と共にふと思い出す。


「そういえば、マンドラゴラはどうなったのかな?」

「恐らく千夏が倒して、今は沈んで━」言い終える前にエインは綾也の耳を塞ぐ。


ギイイイィィィイアアアァァアアアア!!!!!


雄叫びとも取れる叫び声を上げながら、マンドラゴラは地上に這い出てくる。

滴り落ちる水は地面を溶かし、薄茶色の根は灰色に、赤色の実は紫に変色している。


耳を塞がれてもなお、頭の中を駆け巡る不協和音。

う゛おえぇぇ━

綾也はその場に崩れるように膝を着いて嘔吐する。

昼食で食べたサンドイッチは跡形もなく崩れ去り、胃液に混じったそれは鼻を刺激する臭いを周囲に放つ。


「━ちょっと!なんであいつまだ生きてるのよ!」

「ありゃ魔樹化っすね、恐らく止めを刺せていなかったんすね」

「くそっ!私の責任よ、バカガラス手を貸しなさい!」

「ああ駄目っすよ?"魔力吸引"状態でお嬢を戦わせたらあっしが姐さんにぶっ殺されます」

「あたしの為に命捨てるんじゃなかったの!?」

「それとこれとはまた別なんすよー。まま、ここはエルフの姉さんに任せましょうや。もしもの時はあっしがあの"魔樹"殺すんで」

「━信じていいのね?」

「大魔王サタン様に誓って」

"━それ、信じていいの?"という言葉を飲み込んで千夏はエイン達に視界を向けた。


エインは防護壁を展開して魔樹化したマンドラゴラの呪詛と触手から綾也を守っている。

綾也も体調を取り戻している様ではあるが、遠くからでも震えているのが見て取れてしまう程。


「綾也様はここに居てください。私があいつを倒してきます!」

「待って!僕がやる!」


震えながらも力強く発せられた言葉は、その場に居たエルフと悪魔と人間に"えっ?"と呟かせる。


「無茶ですっ!綾也様は魔術師ですらないのですよ!?」

「わかってる。けど、やるって決めたんだ!これは、命令だよ」


嘔吐の影響か、恐怖からなのか区別はつかないが、綾也の目は潤みながらも意志の強さを伝えるようにエインを見つめる。

その瞳の奥に宿るのは何なのかエインには分からなかった━


「綾也様、何故とは聞きません。守護者の私にできることはなんでしょうか…」

「信じて、欲しい」

「━━━━。」


今にも泣きそうな主の声、自分ができることは信じることのみ━。

不甲斐無い!情けない!その全てを飲み込んで


「信じています。御武運をっ━」


エインは傅いて剣を差し出す。

それを受け取る彼の手は未だ震えている。


「おい坊主!そろそろ交代の時間か?」


煽るような口調で問い掛けるのは、いつの間にかマンドラゴラと闘っている烏のラウ。


「はい!」

「だはは、威勢が良いのは嫌いじゃねえぜ!これは俺様からのサービスだ!」


そう言って、烏は身を翻してマンドラゴラに突っ込むと"ズパッ"とマンドラゴラの首が縦に裂けて黒い炎が広がる。

呪詛が止まり、パキパキと焦げた臭いが辺りに漂う。

"気張れよ坊主!"と一言告げてラウは千夏の下へと帰っていった。


「随分気前が良いじゃない」

「いやあ、あのシーンで攻撃してくる敵とか野暮じゃないっすか?あの魔樹にそうゆう感性なさそうなんでつい」

「それで、あいつは勝てるの?」

「100%無理っすね」

「━ッなによそれ!あんたわざわざあいつが死ぬ後押しに行ったの!?」

「お嬢はあいつが嫌いっすよね」

「そうよ、嫌いよ!でも死んで欲しい訳じゃないわよ!」

「なんで嫌いなんすか?」

「なんでって、あいつのああいうところがよ!出来もしないことをやろうとして失敗する━」

「そっすね、自分もそうゆう人間をいままでずっと見てきましたし」

「━━誰よ、それ」

「さあて、誰でしょうね」


彼女らの言い争いは彼には聞こえない。

震える足で地面を踏み、震える手で剣を握ってマンドラゴラの前に立つ。

"変わるんだ、変わらなきゃ"

二つの言葉が頭を埋め尽くす。

そんな彼の心境などお構いなしにマンドラゴラは触手を飛ばす。

咄嗟に剣を構えるものの、その格好は情けなく頼りない。

触手は剣を避けるように撓り、綾也の腹を貫いた。

身体が宙に浮き激痛が走る。

"痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い"

脳を占領する激痛。嘔吐ではなく口に広がるは生暖かい血の味。視界は地面、伸び来るは2本の触手。

決死に剣を触手に振るうも空を切り、触手は綾也の肩と足に突き刺さる。

"がっ…あっ…"

声にならない叫びが口から血と共に吐き出される。剣は綾也の手から零れ落ちるようにして地面に突き刺さった。

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