VSマンドラゴラ
「ほんと、魔法ってなんでもありね」
昼食を終えた一行は帰路についていた。
直径一メートル程あるマンドラゴラは土くれをそのままに、宙に浮きながら運ばれている。
綾也にとっては宝石がシャベルになることも立派な"なんでもあり"になるのだが、彼に魔法や魔術の違いなど分かるはずも無く言葉にするのは躊躇われる為、聞き耳を立てることに留めた。
「エインの魔法も私たちと一緒の魔力を使うのよね?」
「そうですね、魔力を使い加護をもらって行使します」
「加護━━。その加護さえもらえれば私たちにも魔法って使えるのかしら」
「どうでしょうか。千夏には聞こえますか?彼らの唱が」
綾也も耳を澄ませてみるが、聞こえてくるのは風にそよぐ枝葉の音くらい、照りつける太陽光から身を挺して守ってくれている木々に言葉はない。
「聞こえないわね。周波数の違いでもないみたいだし、次元が違うってこと?」
「彼らが言うには"エルフ"が特別らしいですね」
「やっぱり人間が魔法を使うのって無理なのかしら」
「私たちの使う"精霊魔法"は無理かもしれませんが、魔法は様々ありますから一概には言えません」
「ま、エルフに聞いて魔法が使えるようになりました。なんて言ったら先代の魔女たちから呪い殺されそうだしね」
物凄く物騒なことを言っている千夏の声は明るい。彼女のやる気にまた火がくべられたようだ。
「そういえば、この"クドメト"…いえ、"マンドラゴラ"はこのまま貴女の工房まで持って帰るのですか?」
「このままじゃ流石に大き過ぎるか━━、この近くに渓流があるわ、一旦そこで土を落として加工するわ」
「承知致しました」
さらさらと緩く流れる渓流は底まで見える程に透き通っており、泳ぐ魚も見て取れる。
綺麗な景色に目を奪われる綾也とエインをよそに、千夏は準備のためのストレッチを始めだす。
"私がやりましょうか?"とエインが提案するも拒否されてしまったようだ。
トボトボと帰ってくるエインに綾也は尋ねた。
「これから何をするの?」
「マンドラゴラの討伐です」
既に目的を達成していたと思っていた綾也の頭には"?"が浮かぶ。
「マンドラゴラの討伐の際に最も厄介なのが叫び声です。引っこ抜けば叫び声をあげて襲い掛かってきますが、水の中で叫ばせれば効果は激減します。どちらにせよ戦闘は避けられません」
なるほど。つまり自分が手伝ったことは下準備なだけであって本番はこれからということか、と納得する。
千夏は川原に落ちている小石を拾って勢い良く空へ向かって投げた。小石はすぐに見えなくなり落ちてくる様子もない。
"よし"と、調子を確認するように肩を鳴らしながら、渓流へと着の身着のまま入っていく。
どう考えてもあの三角帽子は沈まないと思っていた綾也だが、彼の予想を裏切り、帽子はピッタリと千夏の頭から離れずに沈んでいく。
程なくして帽子は再び浮上してきた。千夏は手を振って"ここに落として"とエインに合図を送り、寸分違わずその場所にマンドラゴラを落とすと共に、千夏も再び水中へと潜る。
透き通っていた水は土に塗れて濁ってゆき、綾也には千夏の姿は見えなくなった。
水中では戦闘が繰り広げられていた。
成熟までの安らかな眠りを幾度もの蹴りで叩き起され、怒り狂うマンドラゴラに生えた赤い実ははち切れんばかりに赤々と膨らんでおり、土が剥がれ落ちた根っこは人型のように四肢を成している。
長く伸びた茎も含むと全長2メートルは優に超えており、茎と根の境の部分は人の顔のように丸く膨らんでいて醜い。
その叫びは幾重の水に掻き乱されて気泡となって形を変えているものの、震える水面は怒りの表れを凶々と示していた。
その怒りを正面で受け止めている千夏が手にしているのは黄色い矛。魔力で身体能力を上げてはいるものの、水中では"斬る"より"刺す"方が効果的と判断したためである。
泥と化した土くれのせいで視界は悪く、マンドラゴラの圧力も半端じゃない。それでも怯んでなんかいられない!矛を力強く握り締めて、千夏はマンドラゴラ目掛けて突進する!
マンドラゴラも幾多の触手を操り迎え撃つ!
水中での攻防は激しさを増しながら、数多の触手が千夏の身体を傷つけていく。
掠り、貫かれて身体が悲鳴をあげる度に千夏はそれを噛み潰す。
マンドラゴラの触手は何度斬っても突いても再生を繰り返す。
叫び声さえ消せばなんとかなる━━と思い込んでいた自分を殴ってやりたい。
触手は途絶えることもなく千夏に襲い掛かる。
数多の触手を避けては受けて、斬っては薙ぎ払う。
そろそろ息も限界に近い。一旦地上に出て体勢を整えるか?
━━ いや、駄目だ。地上にはあいつが居る。魔力があっても防護壁も張れないあいつが叫び声を聞いたら恐らく死ぬ。
ああもう、やっぱりあいつなんか連れて来るんじゃなかった!
"…水中で仕留めるしかない!"
決断ができた千夏の行動は早かった。
川底に沈む大岩を蹴り飛ばして距離を詰める。
マンドラゴラは全ての触手を自らに近づく敵へと目掛け集中砲火を浴びせる。
左手をマンドラゴラの顔へと向けて狙いを定め、広背筋を主軸に力を溜めた豪快な槍投げ。
魔力のほとんどを自身の身体能力向上に使っている千夏にとっての最大の攻撃。
黄色く輝く矛は触手を貫きながらマンドラゴラ目掛けて翔ける。
━━しかし、水の抵抗に加えて全ての触手に阻まれた矛はマンドラゴラに届くことなく、勢いをその眼前で止めて川底へと落ちた。
歪な顔をさらに醜く、まるで笑うかのように身体を震わせるマンドラゴラは千夏へと視線を向ける。
その目に映ったのは先程と同じ姿勢の千夏。
「もう一丁ーーーー!!!」
再び黄色く輝く矛はもの凄い速さで水中を翔ける。
今度は水以外の抵抗はなく、その矛先はマンドラゴラの頭を射抜いた!




