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魔女見習いと高校生  作者: 珈琲肉
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特別な日

朝日が昇り始めた寒空を、数羽の小鳥が囀りながら飛び交う。

朝の訪れを運んでくるのが小鳥だろうと、蝉だろうと、例えばエルフなんかであっても、身体が未だに惰眠を欲しているのであれば、それは彼にとって苦痛でしかない。


「…也様。起きてください、綾也様」

「━あと5分」


定番の台詞を、未練がましくも布団の中から呟く。


「駄目です、今日は特別な日なんですから早く起きてください」


毎度毎度よくもまあ特別な日が来るもので、昨日は花が綺麗に咲いたから。一昨日はお肉が上手に焼けたから。茶柱が立ったからなんて日もある程だ。

そのほとんどが彼には関係の無いことばかりなのだけれど、これも日課と諦めて、眠い目を擦りながら彼は今日の特別を尋ねた。


「今日は私が綾也様の守護者となってから、丁度1年目になります」


びしっと細く伸びる人差し指を立て、鼻高々に豪語する彼女。


「そっか、じゃあエインの特別記念日も365回目を迎えたってことだね」

「そうなりますね。正確には366回目ですが」


生真面目にも細かい訂正を入れる性格は、神経質のようにもみてとれる。


守護者であるエインはエルフである。

腰近くまである長い藍色の髪から、エルフの特徴でもあるピンと尖った耳を羽ばたかせ、これまでの一年を振り返るように緑に輝く瞳を細め、ポツリと呟いた。


「長かったような、短かったような」

「エインからしてみれば1年なんて短いとしか感じられないんじゃないの?」

「そんなことはありません。一日の長さは変わりませんし、生きられる時の長さに違いがあるのは種としての違いであって、過ぎ行く時は皆平等です」


過ぎる時間は一緒であろうが、体感する時間は個人で変わるものではなかろうか、という言及は寝起きで頭も回っていない彼の口からは出てこない。

なるほど━━と理解できている体で一人納得し、まだ暖かさの残る布団を名残惜しくも彼は這出る。


「おはようございます、綾也様。さて、それでは私は朝食の準備をしてまいります」


布団から完全に出たのを確認し、朝の挨拶を済ませ、丁寧なお辞儀と共にエインは部屋を後にした。

少々汗を吸った寝巻きを脱ぎ捨て、エインが用意してくれていたであろう制服に着替える。

まだ手馴れていないネクタイを巻くのに苦戦を強いられつつも、朝食の匂いに誘われながら階下へと降りてゆくと、食卓には朝食とは思えない程の豪華な料理の数々が並べられていた。

その光景を前に、綾也は冷や汗をかきつつもエインに尋ねる。


「今日は確かに特別な日なんだろうけど、これは何かな?」

「朝食です」

「うん、朝食なのはわかるんだけど。何でこんなに豪華なのかな?」

「記念日なので」

「うん、そうだね。記念日って大事だよね、でもそのお金はどこから?」

「今月の食費を全て費やしました」

「今日は何月の何日?」

「4月6日です」


淡々と質問に返してくるエインに対し、彼は最後の質問を涙目で問いかけた。


「これからの食事の宛ては?」

「皆無です」


はあ、とため息と共に涙が零れ落ちる。


……今月もまた、バイトをしなければいけなくなってしまった。


彼、「志筑 綾也」(しづき あやなり)は決して"苦学生"ではない。学費や生活費も親からの仕送りで充分に足りているのだから。

ただ、それは普通の高校生が普通に生活をしていく額であって、今日のような豪華な食事とは一切無縁の生活を前提にしたものだ。

この一年間、私生活のほとんどを彼女に奉仕してもらい、やり過ぎとはいえ、好意によってこの朝食を作ってくれた彼女に対して、彼は強く言うことはできなかった。


肩と共に腰を落とすように椅子に座り、朝食に手を合わせて頂く。


愛情の篭った豪華な朝食は、ほんのちょっぴり涙の味がした。


「ごちそうさま」


朝食としてはかなりヘビーなご馳走を平らげた綾也は膨らんだお腹をさする。


「お粗末さまでした」


エインは手早く食器を下げ、再び台所へと姿を消した。

さて……と、腹ごなしの運動もといアルバイトに向けて綾也は腰を上げた。

向かう先はこの襤褸屋敷の地下室。一年前に入居した時、偶然見つけた隠し扉へと向かう。

重く気味の悪い音を上げるこの扉を開かなければ、彼の高校生活は今とは全く違ったものになったであろう━。


錆付いた取っ手を掴み渾身の力で扉を開くと、耳障りな音を立て歪な扉の模様が二つに割れる。

その先には、暗闇に等間隔に浮かぶ青い炎が微かな灯火で奥へと続く石段を照らしていた。

螺旋状に続く薄暗い石段を、彼は慣れたように駆け足で降りてゆく。

壁に触れぬ様、飾られた絵画に目を奪われぬ様、至る所に仕掛けられた侵入者用の罠を作動させぬ様、彼女に教わった通りに駆け降りる。

少し息を切らしながらも、彼は石段を降りきると、そこには小洒落た看板が扉にかけられており「立入禁止 入ったらDEATH!!」と、かなり物騒な台詞が書かれている。

綾也はその看板を特に気に留めることもなく、扉をコンコンとノックする。

━中からの返事は無い。


「……うーん」


仮にもこの部屋の主は女性である。

綾也は考える。

十中八九、彼女はこの部屋の中に居る。だが、ノックをしても返事は無い。


「━━まあ、いっか」


少しばかりの不安要素を懸念してみたものの、面倒臭さも相まって彼はそれを彼方へと放り投げ、扉のノブを回した。

ガチャっと重厚な音をあげながら開かれた先は、薄暗く肌寒さを感じる回廊とは裏腹に、暖かなオレンジ色の光で燈されている。

その部屋の中心、仰々しい魔法陣が描かれた床に横たわる人物こそ、彼が用があるこの部屋の主である。

彼女の近くまで歩み寄ってみると、スゥスゥと小さな寝息が聞こえてくる。

長く艶やかな黒髪を惜しげもなく床につけ、気持ち良さそうに眠りこけている少女。


「━━━━」


その触れれば壊れてしまいそうな彼女の姿に彼は見蕩れてしまう。

彼女と出会ったのは一年前、顔見知った今でさえ見蕩れてしまう程、彼女の神秘的ともいえるような容姿をこのまま眺めていたいと思ってしまっていた。


「千夏に何か用かな?」


問い掛けてくる声は、彼女の方から。

「ピョコッ」なんて擬音が聞こえてくる様に、その黒猫は現れた。

その言葉に我に返り、彼は慌てて要件を黒猫に伝える。


「こ、今月もアルバイトがしたくて」

「君は物好きな人だね」


にゃははっ、と猫っぽい笑い声を上げて黒猫は彼を物珍しいものを見るように窺っている。


「生活が、懸かっているんです……」


その一言で全てを察したのか、黒猫は綾也の肩に跳び乗りポンポンと肩を叩いた。


「君も大変だね」


労いの言葉を黒猫から受け取り、彼は猫には見られたが人知れず涙を流す。


「さて、とりあえずは千夏を起こすか」


そんな彼をよそに、くるんと肩から飛び降りて黒猫は少女の顔を叩く。

柔らかい肉球が頬に当たる度、少女は顔を綻ばせ至福の夢を見ている様に笑っている。


「マシュ…マロ…」


そのニヤケ顔が頭にきたのかどうかは定かではないが、黒猫は爪を立てて少女の頬を引っ掻いた。


「いったーーーい!!!」


至福の夢が一転、痛みで飛び起きた少女は身を翻し、猫科動物特有の威嚇行動の如く髪の毛を逆立てて周囲を警戒する。

そんな彼女に綾也は飄々と、朝の挨拶をかけた。


「おはよう、千夏さん」

「えっ?ああ、おはよう。━綾也君」


毒気のない彼の挨拶に、彼女「若葉 千夏」は警戒レベルを最低限まで下げる他なかった。


「彼は君に用が合って来たそうだよ」


黒猫はいつの間にか彼女の頭の上に乗り丸くなっている。


「あら、そうなの?」


自分の頭に乗っている黒猫から綾也へと視線が移る。


「その、今月もまたアルバイトがしたくて」


ははっ、と乾いた笑いをあげて綾也は用件を伝える。


「それはいいことね!それじゃあ今日の夜中の2時、ここに来て頂戴。勿論、エインも一緒にね」


両手を合わせ、笑顔を見せる千夏は、どこか秘密めいていて、危険な香りを漂わせている。

綾也は危険を重々承知の上で、"わかった"と一言返事をして部屋を後にする。


「あ、そうだ綾也君」


扉が閉まる直前に、真面目な顔をした彼女から声がかかる。


「マシュマロには棘があるわよ」


眠っていれば可愛いのに…なんて言葉を飲み込んで、綾也は階段を駆け上がっていった━

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