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プロローグ

(さき)が死ぬ。咲が……」

 早く戻って、助けなくちゃ……。


 ダメだ、冷静になれ。今戻っても助けられない。

 何か作戦を考えるんだ。この空間にいる間は時間の経過がない。何分でも何時間でも考えられる。


 そうだ! 武器を作ろう。

 俺は急いで絵筆を探す。

「あれ? ない……。うそ……だろ」

 立ち上がってジャンプをするが、着ている服以外に重力の抵抗がない。

「どこかに落としてきたんだ……」

 絵筆がなければ、何も出来ないじゃないか……。

 俺は自分の無力さに壁を殴った。

「クソッ!」

 ごめん、咲。頼りないお兄ちゃんで……。

 もし、生まれ変わってもう一度会えたら、今度は必ず守ってやるからな……。

 俺は体育座りで眠りに落ちた。



 時は遡る。

「お兄ちゃん。お風呂最後だから洗っておいてよ」

「おう」

 部屋の外から事務的にかけられた声に短く返事をした。

 俺はパソコンに向かい絵を描くのに忙しくて、妹の相手どころではない。

 兄妹で部屋の内外で文句を言い合うのは一種のコミュニケーション。

 それが終わると、いつも妹は自室へと向かう。


 高校を中退してから人と関わることを嫌った俺は、もう一年以上家の外に出ていない。所謂(いわゆる)引きこもりと言うやつだ。

 部屋からは出歩くからそこまで重度の引きこもりとは思われていないが、家の外に一歩でも出るのが怖い。人の視線というものが俺を品定めしている気がする。


 自宅警備員に就職した俺は家族がいない間や、寝静まってから活動をしていた。

 そして今、夢中になっているのが『絵師』と呼ばれる仕事だ。どういうわけか人間を描くとフニャフニャな人間が出来上がってしまう俺だが、物やオモチャ、動物などは非常にいい評価を受けている。

 きっと人間を描くと、似せなくちゃいけないと思って、緊張するからだと思う。今描いている『ろくろ首』は、そのまんま()()の本を真似て描いているが、俺の方が目に力があって躍動感がある気がする。

 そう、今にも動き出しそうな……。

「……ねぇ~。また絵を描いてるの?」

「なんだ。まだいたのか……」

「そんなピカソみたいな絵を描いても誰も評価してくれないよ。さっさと仕事でも探したら?」

「うるさいな。今度のはいい感じだ」

「もうっ!」


 妹が口を閉じて二秒……。まだ扉の前にいた時、突然ドンッと屋根に何かがぶつかったような音がした――かと思うと部屋が、家がグラグラ揺れ始める。

 揺れの影響でパソコンのディスプレイが倒れそうになったため慌てて左手で抑えた。うーん。震度三、四ぐらいだろうか?

「キャアアアアアアア」

 妹は悲鳴を上げ、俺の部屋のドアを蹴り開けた。

「えっ?」

 もちろん部屋には内側から鍵を掛けている。

 しかしながら『地震、雷、火事、親父』を全て苦手な妹は、火事場の馬鹿力を発揮し、鍵もろとも破壊して進入してきた。揺れた家の中で一人では耐えられなかったようだ。

「ノオオオオオオオオ!」

 地震の瞬間はまだ明るかったディスプレイも妹の登場とともに電気が消えた。

 別にパソコンの線がコンセントから抜けたわけではない。家中が停電状態になったのだ。

 一瞬見えた妹はいつも着ているピンク色のパジャマに身を包み、今は俺の右足に抱き付いてガクガクブルブル震えている。俺はディスプレイが急に真っ暗になって震えていた。

「保存してねえええええええ!」


 停電になったのは妹のせいではない。ため息一つで気持ちを切り替えた俺は妹の頭に手を置いて、少しでも落ち着かせる事に専念する。

 部屋でドライヤーをかける予定だったのか、髪はまだ濡れていた。右足にはお風呂上がり特有の体温の温かさがある。

「地震怖い。地震怖い。地震怖い」

 うーん。これって自分に暗示をかけていないか?


 二〇秒が経過して揺れは収まったが、妹は俺の足を掴んだまま離れようとしない。

「咲、停電の原因を調べて来てくれないか?」

「絶対に嫌!」

 ショートヘアーを存分にブルンブルンッと振って拒否する。

 水分を含んでいた髪が周囲に水を撒き散らす。


 地震のあった直後だから、余震で揺れてもおかしくないか……。

 妹が俺の右足から動こうとしないので、そのまま余震が起こるまでしばし待つ。

 五分が経過してもそれ以降は揺れることはなかった。

 ずっと強く掴まれていた右足は妹の体温で温まっている。

「壊れた扉の内側で生活するのは嫌だな……。直しておいてくれよ」

 ポンポンッと頭に触れてから立ち上がった。さすがに揺れないのに、これ以上掴まっているのは忍びなかったのか、すぐに離してくれた。


 俺は電気が復旧しそうにないので、お風呂で体を拭いて落ち着くことにする。

 普段から暗がりの中を徘徊しているため、電気が付いていなくてもある程度は自由が利く。

 そう思って部屋の入口に向かって歩き出す。


「何でこんな日に……。あれ?」

「んっ? どうした?」

 俺が振り返ると妹の姿がぼんやり見えて、視界には名前が表示した。


――――ステータス――――

 名前 四條(しじょう) 咲

 種族 人間

 性別 女

 素質 優秀

 クラス 中学生

 レベル 一


 HP 四〇/四〇

 MP 〇/〇

 SP 一〇/一〇


 筋力 七

 体力 五

 素早さ 三

 かしこさ 三

――――――――――


「うお! なんだこれ。咲は優秀な学生のようだ。良かったな」

 俺は自分の手を広げてそれを見る。


――――ステータス――――

 名前 四條 (りつ)

 種族 人間

 性別 男

 素質 普通

 クラス 絵師

 レベル 一


 HP 一〇/一〇

 MP 〇/〇

 SP 二〇/二〇


 筋力 二

 体力 一

 素早さ 二

 かしこさ 三


 残りポイント 五

――――――――――


 素質が普通……。絵師として? 人間として? 両方?

「ステータスが見られるということは、ゲームとかでよくある、地球じゃない世界に来ちゃったのか……?」

 俺はさっきまで座っていた椅子の下に見覚えのない筆が落ちていることに気が付く。


――――ステータス――――

 名前 絵筆

 レア度 普通

――――――――――


 急に楽しくなってきたので、状況を分析する。

「電気も付けていないのに、うっすら見えるのも不思議だ……」

 電力が通っていない二二時過ぎ。部屋の電気が消えている状態だ。カーテンを閉めているから本来であれば何も見えないはずなのに見える。夜目でも利いているのか?

 椅子の下から筆を拾い上げて触ってみる。筆に触れるのは高校一年の美術の授業で隣の女の似顔絵を描いて以来だ。

 苦い思い出だけど、今となっては懐かしい。

 絵筆は人差し指程度の太さで、毛は先が細くなっており、フサフサとしている。

「〈絵師〉に……絵筆か……」

 俺はプリンタにセットされていたA四の紙を一枚取り出してキーボードを退()けたスペースで絵を描く。

「あれ? 色ってどうするんだ?」

 床をもう一度探すが、絵筆以外にはパレットや、絵の具の類いは落ちていない……。絵の具なんて、そう都合よく持ってないぞ?


 こういう時はイメージで行こう。イメージはリンゴ。

 赤……。

 思っただけで、筆の先端が淡い赤色に輝きを放つ。

 咲が暗い空間にぼんやりと発光する筆を褒めた。

「綺麗――ホタルの光みたい……」

 同感だ。

 蝋燭(ろうそく)の光量の半分ぐらいのそれは見ているだけでも惹き付けられるほどの魅力がある。


「なんだか絵が描ける気がする」

 筆の先が紙に触れると、通った後には同じく淡い光を放つ一筋のラインが残っていた。

「これなら暗くても絵が描けるな」

 俺は丁寧にリンゴの絵を描く。

 赤色と言っても薄い赤色から濃い赤色まで様々あるが、どういうわけか俺の塗りたい色が塗れるようだ。


「ふぅー」

 描き終えるとなぜか『名前』、『内容』を決めるように脳に直接呼び掛けられた気がする。

「この作品の名前は『リンゴ』。内容は『糖度三〇の蜜入りのリンゴ』だ」

 未だに紙から淡い光を放っている平面のリンゴが、突然、紙の中でガサガサ音を立てて震えると、紙から飛び出した。その姿は俺のイメージ通りの()()のリンゴになっている。

 飛び出した直後はまだ弱々しく発光していたが、すぐに輝きを失った。

 一/一〇

 手のひらサイズで、表面はスベスベしており、手触りも匂いもリンゴそのものだ。

 きちんと重さまである。どうなってるんだ? まるで……。

「咲――ちょっと食べてみてくれ」

 俺は手に持っていたリンゴを咲に渡す。

「お兄ちゃんは知らないかもしれないけど、糖度三〇のリンゴなんてないからね!」

 文句を言いながらも咲は鼻を近づけて、大好物であるリンゴの匂いを嗅いだ。

「あぁ――いい匂い。高級リンゴ!」

 カリッと皮ごと軽快にかじった。

「甘! うまっ! 何これ! もう一個出して!」

「そうか。食べられるのか……。すごいな」

 一かじりですぐにおかわりを要求してくるが、咲は無警戒で食べ過ぎだと思う。


「今度はスラスラスラ~ッと……」

 俺は赤い丸を描いて、さっきと同じように設定した。

 しかし、紙から飛び出してきたそれはきちんと認識されなかったのか、平面の赤丸の輪が出てくる。厚みは五ミリほどあるけど、リンゴに成りきれなかったにしても、さすがにお粗末な姿であった。

 二/一〇

 うーん。まるで赤いパインというか、赤いバームクーヘンというか……。

 皮に厚みがあったら、全部が皮になるレベルだ。

 咲はシャリシャリッとリンゴを食べながら、輪リンゴの味が気になったのか、俺の手から奪ってかじった。

「おいっ! それはさすがに……」

「一応甘味は少ないけど、リンゴ? になってるよ?」

 なんだそのリンゴ? って……。

「絵の完成度に応じてイメージの再現レベルに差があるのかもしれないな……」

 この辺りはこれから実験をするしかない。


 俺は絵が出来上がるたびに視界に表示される表記が気になってステータスをもう一度確認する。


――――ステータス――――

 名前 四條 律

 種族 人間

 性別 男

 素質 普通

 クラス 絵師

 レベル 一


 HP 一〇/一〇

 MP 〇/〇

 SP 一六/二〇


 筋力 二

 体力 一

 素早さ 二

 かしこさ 三


 残りポイント 五

――――――――――

 作品レベル一

 二/一〇

――――――――――


 どうやら作品を完成させるとさっきまではなかった作品レベルという項目の熟練度が上がるようだ。

 そして作品を作るとSPが減ることも確認できた。

 読んで頂きありがとうございます。

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