第玖話 『逃げ出せぬ恐怖の館』
ゴーン…ゴーン…。
「ん…。朝か…。」
俺は大きなあくびをしながら居間へ行く。
ソファーを見るとまだ桜花が寝ていた。あの大きな鐘の音を聞いても起きなかったらしい。
「ハハ…こいつは眠り深いんだな。」
黒は桜花にかかっている毛布をかけ直す。
「…寝ているときは可愛いのにな。」
寝ている桜花の顔を見て黒は微笑んだ。
「まあ、飯でも作ったら起きるだろう。」
俺は料理が終わり、テーブルに座る。
「こいつ…まだ起きないんだな。まあ放置してても問題ないだろうし。そのままにしておこう。」
食べ終わった後には、学校へ行く準備をした。
「さてと、そろそろいくか。」
桜舞う坂を上って行く。
「そういえば蓮華先輩に辞書返すの忘れてたな…。急がないと。」
その事を思い出したか、走って行く事にした。
「な、なんとか間に合ったようだ…。」
俺は息を荒げて教室に入る。
「よお、黒。今日は急いで来たみたいだがどうしたい?」
「蓮華先輩に辞書返すの忘れてた。」
それを聞いた月は目が光る。
「ほほう…。じゃあ俺が代わりに返しておくわ。」
「嫌だ、お前は信じられん。」
俺はそうキッパリ言って断った。
「おい、待てよ黒!俺たち親友だろ〜?」
「お前はただモテたいだけだろ。」
月は首を落とす。まあ、せいぜい頑張れ、と。
「蓮華先輩・・・お、いたいた。せんぱーい!」
廊下で立っていた蓮華先輩に声をかける。
「ん、なぁに?」
「辞書返すの忘れてました。すいません。」
辞書を受け取った蓮華は少し驚いた顔をする。
「あげたつもりだったんだけど…。これくらいしか出来なくてごめんね。」
申し訳なさそうな顔をした蓮華の顔を見て、黒は首を横に振る。たいした事ではないが。
「そんなことありませんよ。頼もしいです。」
「ふふ、ありがとう。」
蓮華はその言葉を聞いて笑顔を見せてくれた。
だが笑顔を見ると桜花の顔が浮かび上がってくるのは何故だろうか。
「ん・・・?あれは。」
俺は教室へ帰っている途中、別の教室から出てきた銀髪の男子を見つける。
「望月か。」
「ん、奇遇だな。」
「望月 恭輔」。別のクラスでの学級長をやっている。
「・・・眼の調子はどうなんだ?」
「今のところ問題は無いぞ。」
望月は俺の「対象の物質の寿命が見える眼」のことを心配してくれて、必死に研究をしてくれている。
「そうか、ならいいのだが。」
時は経って放課後───。
「ん・・・?そう言えば。」
俺はある事に気付く。
「俺はいつからこんな能力を身につけたんだっけ?」
そう、そんな大事な事までも忘れていたのだ。
その事思い出す為に家へと走って行った。
だが急ぎすぎて人にぶつかってしまった。
「うわっ!」
ドン!
「いたた・・・大丈夫か?」
ぶつかった相手は小柄な少女。
「大丈夫よ。気をつけてよね。」
「ごめん。」
俺は再び走り出す。が、
「ちょっと待って。」
少女は黒の手を引っ張る。
「来て欲しいところがあるの。」
少女はその時何を考えたのか、俺の手を掴んで走り出した。
「え、ちょ、ちょっと待てよ!」
少女は一歩も足を止めずに走っている。一体何処へ連れて行こうというのか。
そのままとても深い森の中へ入って行った。それはとても並の人間では抜け出せないくらいの、深い森。
突然、一つの大きな屋敷の前で足を止める。
「さあ、中へ入りましょ。」
少女は黒の手を引っ張って中へ入る。
屋敷の中は広く、普通の街では見かけないくらい豪華であった。しかし、誰もいる気配がない。
「驚いた?わたしここに住んでいるのよ。」
少女はニコニコと、笑顔で歩いている。確かに豪華で一瞬驚きはしたが、誰もいないんじゃ寂しくはないのか?
そして、ある個室へと入って行った。
「そこの椅子にでも座って。」
俺は怪しがりながらも、椅子に座った。
「私の名前は『リリム』。この屋敷に住んでいる妖怪よ。よろしくね。お兄ちゃん。」
人の事を勝手にお兄ちゃんと呼びやがった。
「こんな場所までわざわざ連れてきて、何の用だ。」
リリムはニヤリ、と笑う。
「その不思議な眼と、妖具を私に譲ってくれないかしら?」
・・・やはりこういう事だったようだ。妖具とはあのナイフの事らしい。
「その為に俺をここへ呼んだのか・・・。くそ!」
俺は動こうとしたが、何故か体が動かない。
「無駄よ。私に眼を見た者は心が惑わされるの。」
確かに彼女の眼は普通の色では無かった。本当に心が盗まれそうになりそうだ。
「誰がお前なんかに・・・譲るか・・・よ。」
苦しそうな表情で断る。
「・・・まあ、そう言うと思ったわ。わたしはちょっと外出するわね。その術は5分ほどで解けると思うわ。でも逃げ出そうとしても無駄よ。部屋の外には私の仲間もいるし、屋敷から出られたとしても森からは抜け出せない。譲るしか道は無いのよ。お仲間さんが来るといいわね。お兄ちゃん♪」
そう言ってリリムは部屋から出た。
「くそ、万事休すか・・・。」
俺はその時桜花の顔が浮かんだ。
「桜花・・・。頼むから助けに来てくれ・・・!」
眼をつぶってそう念じた。