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繰り返されるセカイ  作者: めろう
第一章
8/12

第七話 黄緑

当時、小学4年生だった俺は、家にいるのが嫌でよく公園で夕方まで過ごしていた。

昼過ぎまでは友達もいて、みんなで遊んでいた。しかし、夕方近くなると小学生ということで門限が付けられていた為、俺を残して皆帰って行った。仕方のない事だと、幼いながらも抗えざるこの制度に、俺はただなす術なく一人泣くことが多かった。


そんな時、夏岡 黄緑が現れた。

梅雨が明けた頃だっただろうか、突然黄緑は転校してきた。春休み明けだとか、夏休み明けだとかではなく、ただの休日明けにやってきたのだ。


その時の黄緑は目つきも態度も悪く、転校してきた当日に同じクラスの男子と喧嘩した。バカにされたとかではなく、ただムカついたからとか言っていた気がする。

それほど、転校してきた当初の黄緑はやさぐれていた。当然、クラスのみんなからは嫌われ、アイツは一人ぼっちになっていた。


俺が初めて黄緑と話をしたのは夏の太陽が空を茜色に染めた、ある夕方だった。

俺はいつものように、公園で一人ブランコに座っていた。辺りは既に人の子一人も居らず、静寂と夕飯のいい香りが、一層寂しさと悲しさを引き立てた。

そんな、いつもと変わらない、変わらない日だと思っていた。


ブランコに座る俺の前に、黄緑が立っていた。

だが、不思議とその時のアイツは、学校でのやさぐれた黄緑ではなく、悲しい目をしていた。

「お前秋山だっけ」

俺はその問いに静かに頷いた。正直言って、腕っぷしがよくない俺にとって、黄緑はただただ怖い存在だったのだ。殴られるかもしれない。そんな事を思いながら、黄緑の次の言葉を待っていた。


黄緑はその後何も言わず、俺の隣のブランコに座った。

キイ……キイ……と金属が軋む音が、等間隔で静寂の中聞こえていた。

無言の空間に、気まずさだけが感じられる。何か話しかけた方がいいのか、でも何か言って怒られはしないだろうか。ただ、黄緑の顔色をうかがうことしかできなかった。

「おい」

黄緑が口火を切る。俺は声を出さず、ただ黄緑の横顔を見据える。

「お前、家に帰らないのか」

「……帰りたくない」

一言、俺は消え入りそうな声で呟いた。


その言葉を聞くと、黄緑はこちらを睨みつける。

「なんでだよ」

怒ったような声で問われる。

親に暴力を振るわれるなどと、誰かに言ってもいいのだろうか。黄緑が誰かに言いふらして、それが親に伝わって更にひどくならないだろうか。

そんな考えを巡らした。結果、黄緑なら、皆に嫌われている黄緑なら、言いふらしても真に受け取られないだろうという結論に至り、話すことを決心した。


「……僕のお母さんは、いつも僕を殴るんだ」

ついに言ってしまった。誰にも打ち明けていない、俺の弱みを。

「僕は悪い子だから。お母さんは僕を殴るんだ。お父さんが家にいないのも僕のせいだって。お母さんが苦しんでるのに、お前は何も知らない顔して生きているのが腹が立つんだって」

言葉とともに、涙があふれてくる。

それでも、一度決壊したダムの水は止められない。矢継ぎ早に、口からは自分の弱みがこぼれだしてくる。

「僕が謝っても、お母さんは許してくれない。謝る前よりも強く殴ってくる。それでも謝らなきゃ、お母さんはいつまでも殴ってくるの。お前なんて生まなければよかったって。お前さえいなければって……」


止め処ない言葉の雨は、次々と降ってくる。

家にいたら殴られる。だからって帰らなくても殴られる。だからここにいるんだ。だから帰りたくないんだ。

「やっぱり僕は、生まれてこない方がよかったんじゃないかな……」

嗚咽交じりに吐いた言葉は、自分の心を抉った。


黄緑はずっと黙って俺の話を聞いていた。

俺が話せなくなるほど泣きじゃくってる横で、ブランコをキイキイと揺らしていた。

「俺の父さんと母さんは、この前死んだんだ」

唐突に黄緑は話し始めた。俺は泣きながらも、黄緑の話に耳を傾けた。

「交通事故でさ、父さんの車とトラックがぶつかって、死んじゃったんだ」

目を赤くしながらも、涙を見せようとせずに黄緑は語る。

「父さんと母さんが死んだ日はさ、俺の誕生日で、父さんと母さんは誕生日プレゼントを買った帰り道だったんだ。俺、楽しみにしてたんだけど、父さんと母さんが帰ってくることは無かったんだ」

遂に、黄緑の目から一筋のしずくが零れる。

「もう二度と会えないんだって思うとさ、すっげぇ悲しくなって。泣きたくないのに、涙が出てきて。どうして俺だけこんな目に合わなくちゃいけないだって、悔しくって!

父さんも母さんもいるのに、自分の親にとやかく言う奴がすっげームカついてさ。それで喧嘩して、俺はもう一人ぼっちになっちゃったんだ」


涙を流しながら語る黄緑を、俺はどこか親近感を覚えていた。

両親の愛を感じることができない俺と、感じることができなくなった黄緑。似て非なる関係に、俺はただ、同情とともに友情を感じていたのだ。

「お前はさ、まだ父さんも母さんもいるんだろ?例え暴力を振ってきてもさ、お前を生んでくれた人がいるんだろ?だったらさ、いなくなった方がいいなんて……言うなよ」

黄緑の言葉に、また目の奥から熱い物がこみ上げてくる。

「いなくなっていい奴なんてこの世にいなんだよ!」

そういった黄緑は、緊張の糸が切れたのか大声で泣き始めた。

俺もそれにつられて、二人で泣いた。

夕焼けに染まる公園に、俺と黄緑の泣き声だけが響いていた。


それから俺たちは自然と仲良くなり、心境の変化からか黄緑はおとなしくなった。

喧嘩した相手とも仲直りをし、共に一人だと感じることなく日々を過ごした。


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