第二話 超能力
キーンコーンカーンコーン……
体育館で整列した生徒たちはチャイムが鳴ると徐々に私語を慎み始める。
こういう式の時ほど我が姓を憎む時はない。
秋山 龍人(あきやま りゅうと)。
出席番号はあいうえお順の為、俺はどう足掻いても出席番号は1番。
なにせ俺の学年、2学年には幸か不幸か「あ」で始まる苗字が俺一人なのだ。いや、俺にとっては不幸でしかないのだが。
教頭の長い話(ウチの学校は何故か校長ではなく、教頭が表立って話すのだ。)を馬耳東風に聞き流しながら、先のホームルームの一件を思い出す。
「よろしくね、秋山君」
初対面のはずなのだ。
自己紹介もしていない間柄で、なぜ名を知られていたのか……。
もしかして以前に会ったことがあったのか?
いや、よく考えたら転校生紹介の前に南野先生が俺の名前を呼んでいたな…………。いやしかし、名前を呼ばれたにしろ、この教室を見ないからには俺が「秋山」であることは分からない筈……。彼女は窓から教室をのぞいている様子はなかった……俺が見ていないだけかもしれないが。
頬の傷を見て察したのか?
だが、それだけの弱い証拠でわざわざ話しかけるものか……?
もしかしたら南野先生が教えたのか……?
考えても考えても堂々巡りで、答えが出るわけないのにそれでも考えてしまう。
――篠原つぐみに近づくのはやめておけ。
俺の本能が、警笛を鳴らしている。
悪い奴ではなさそうなのだ。なさそうなのだが、関わるとロクなことが無い気がする。俺のこういう時の勘は大抵当たるんだ。
キーンコーンカーンコーン……
ハと顔を上げる。
どうやら考え込んでいたら始業式が終わってしまったようだ。
式終わりの礼の為に立ち上がると、ずっと動かないでいたため痺れた腰が脈を打つたびに痛みを覚える。
「あたた……」
腰に手を当てながら礼をする。
解散と同時に体育館がざわざわとし始めた。
あぁ、こういう喧騒な空間は好きじゃないんだよな……。
「面倒だし次の時間をサボってしまおうか……?そんな事したら私が怒られるんだからやめてよね」
という声とともに、先程以上の痛みが腰を劈く。
丁度痺れた部分を、声の主の拳がドスドスと殴る。それは優しさなど微塵も存在しない威力で、一発ごとに痛みが蓄積していくものだった。
「いったいだろ!!!何すんだよ!!」
振り返り、これ以上の攻撃をされないように患部を隠す。
しかし、声の主……春風 優虎(はるかぜ ゆうこ)は俺の胸倉をつかみメンチを切る。
「何すんだ……?あんたの考えてることは全部お見通しだって忘れちゃったのかな??」
……こいつ、ほんとに女かよ。
――そう、優虎は人の心を読むことができる。いや、正確には「聞く」ことができるのだ。
それは心理学や読心術などではなく、原理や理論が不明の超常現象。いわゆる超能力。
例えばさっき考えた「こいつ、ほんとに女かよ」というのも、彼女には筒抜けだ。そしてつまりそれは――
「誰が根暗暴力男女だこのもやし野郎!!」
強烈な右フックが俺の脳を揺らす。
まずこいつは腰の入りから普通の女子とは考えられないんだ。
確か空手をやってたとか言ってたなぁ……。あぁ……それを話してくれてた時はまだ可愛げがあったのになぁ……。
「可愛げが無くて悪かったな!!」
と今度はレバーを突き上げるブローが入る。思わず目が回る。
「お前がっ!変な事したらっ!全部私のところに来るんだよっ!」
感嘆符ごとに一発ずつ、レバーに突き刺さる。
……おま、やりすぎだ…………。
脚に力が入らない。意識が朦朧とする。
そんな中、クスクスと笑い声が聞こえる。
焦点が定まらないまま、声の方向を見ると、そこには例の転校生「篠原つぐみ」が立っていた。
「仲がいいんだね、お二人さんは」
くすくすと笑う声は、どこか読んで聞かせるようなものだった。
「あ、いや!そういう関係じゃないんだよ!?」
慌てて優虎が手を放すと、俺は何とかふらつきながらも立つことができた。
と、体制を立て直すと、優虎の怪訝な表情が――付き合いが短い人は察することはできないほど微々たるものだが――目についた。
優虎と篠原の顔を見比べる俺に、篠原は顔に?マークを浮かべるが、ハと思い出しかのように
「あ、はやく教室戻らないと先生きちゃうよ?」
と言って「じゃあまた教室で」とひらひらと手を振って歩いて行った。
時計を見るとあと5分で始業の時間だ。
「……なぁ、優虎」
「…………」
優虎は黙ったままだった。黙ったまま篠原の後ろを追いかける様に教室へと向かっていった。
「はぁ……なんかめんどくせー事になりそ……」
渋々、俺の足は教室へと歩き出した。