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存在しない指紋

 午前八時を過ぎたばかりだというのに、今朝の気温は三十二度を越えているとテレビ番組は繰り返す。


(暑い、暑いよまったく)


 いわばこの馬鹿げた気温に起こされたようなものだ。横になるのは諦めるしかない。だってドライ設定だけでは汗が滲んできてしまう。

 僕は壁に取り付けられたコントロールパネルを開き、冷房に切り替えた。これで少しはましになる。

 ふとテレビの画面に視線を向けると、いつものリポーターが興奮気味に何かをまくし立てている。ボリュームを上げる。


「まったく酷い状況であります……」


 どうやら火災現場からの中継みたいだ。しかも家事が起きたのはマンションの最上階らしかった。


「幸い、出火から通報までの時間が短かったことから、延焼は最小限の被害で収まりを見せています」


 出火の原因は別にしても、周りからすれば迷惑な話だ。あんな火事が起きてしまったら、どうなるんだろう? 火災保険に入っているとしても、もうそこには住み続けることは出来ないんだろうな。他人事とはいえ、心が痛む。


「こちらで判っている情報としましては、この部屋の住人は岡林綺羅さん二十一歳、独身の女性と見られています。実は彼女は人気ブロガー、キラリである事がわかっています。残念ながら彼女は火災現場から遺体で発見されています」


 人気ブロガーのキラリと言えば、僕だって知っている。ネットの世界では有名だ。古くなった洋服のリメイク術で話題になり、巷でファッションリーダーとして名を馳せていたはずだ。

 彼女が提案するリメイクで主婦層から支持され、今では裁縫が出来ない若い女性にも人気が出て、幾つかの出版物も出していたはずだ。そんな人気のさ中で焼死だなんて、酷い話だ。

 ボンヤリとテレビ画面を眺めていると、とんでもない音量でスマホの着信音が鳴り響いた。


「てえへんだ、てえへんだ! 花のお江戸が大騒ぎでぇ!」


 慌ててベッドの枕元をまさぐり、スマホを手に取る。ル・ジタンのマスター、龍司さんからだ。


「あ、はい翔平です。おはようございます。え? ニュースですか? ちょうどテレビ番組を観ていましたけど」


 龍司さんの話によると、たった今テレビで観ていた事件は、放火殺人事件の可能性があるそうだ。それにしても殺人事件に加えて放火だなんて、許せない。巻き添えを食った人がいたらと思うと、全く憂鬱な気分になる。


「翔平、今日は店に来れるか?」


 本当ならば大学のゼミの仲間と映画を観に行く予定だった。今話題になっているアニメ映画で、楽しみにしていたんだ。


「ひと仕事頼みたいことがある。十時には来れるな?」


 龍司さんの有無を言わせない空気には逆らえた試しがない。全く酷い話だ。


「わかりました」


 だけど、有名ブロガーの放火殺人事件に何の関わりがあるのだろうか。きっとまた県警の本多警部あたりに関わりがある事件なのだろう。僕は単なるカフェの従業員だというのに、これじゃまるで探偵事務所の使いっ走りだ。

 だが僕も僕だ。

 いくらミステリー小説好きだとは言え、殺人事件なんかに関わることになるなんて、このまま卒業できなくなったりでもしたら大変だ。そもそもあの日、彼女を追うようにしてル・ジタンに飛び込んだのが全ての始まりだ。ようやく彼女の名前が「リツコ」さんだという情報が掴めただけで、未だにリツコさんには再会できていない。龍司さんはいつか会えるって言うけれど、常連客の健さんは笑いながら「そう簡単には会えねえな」と言っていた。常連客の言う言葉の方が説得力がある。

 何しろマスターの龍司さんときたら、いきなり店も客も放り出して消えてしまうのは日常茶飯事だし、そうかと思えばいきなり探偵事務所の下僕のように用事を言いつけるし、全くその真意が掴めないんだから。健さんの話によると、リツコさんと龍司さんは親戚らしい。だから僕はひたすらに彼女に会えることを信じて、あのヘンテコな店で働いていられるという訳だ。

 これってやっぱり不純な動機なのだろうか。あれこれと思いを巡らせながら、僕は玄関の扉を後ろ手に閉めた。

 さあまた事件だぞ、翔平!
















































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